血圧を語るゼロイベント
特別インタビュー

第2回インタビューミュージシャン
BEGIN 比嘉 栄昇(Vo)

<前編>「バーベルを持つのではなく、ギターを弾き続ける。これが僕の音楽流トレーニングなんです」

沖縄県石垣島出身のメンバーで構成されるBEGIN。「島人ぬ宝(しまんちゅぬたから)」、「涙そうそう」など、老若男女に歌い継がれている楽曲も多く、ブルースから島唄まで多彩な音楽性と温かいサウンドでファンを魅了し続けています。
1990年のデビュー以降、毎年全国各地で多くのステージを行うBEGIN。「歳を取っても会話ができる限りは歌う」と話す比嘉さんからは、穏やかな口調の中にも、「歌とともに生きていく」という静かな決意が感じられました。
歌うという行為は体が資本。自身の「健康」についての考え方を、音楽の話を交えつつ伺いました。
本インタビューは前編・後編の2回に分けてお届けいたします。

デビューして28年、今年50歳を迎えられるとのことですが、30代、40代前半の頃と比べて、ご自身の健康に対する意識の変化や、実際に体に起こった変化などはありましたか?

僕らの世代、もっと下の世代でもそうかもしれないですけど、やっぱり何かと体に変化を感じる世代ではあると思うんです。僕の場合、まず40代に入ってすぐに感じて、次は40代の半ばから後半あたりで感じました。これから先もまだまだ体に変化が起こってくるとは思いますけど。

今日の朝、血圧を測ってみたら高めでした。「うわ、高っ!」と、目で見える数値でも体の変化を実感しましたね(苦笑)

変化を感じるのは体力的なつらさでしょうか? 創作活動を夜通しでやるのがしんどくなってくるなど、具体的に感じることはありますか?

夜通しの作業がしんどい、それはありますね。あと、ライブの打ち上げで長い時間お酒を飲む、みたいなことはできなくなりました。座るのってすごく体力いるんだなって思います。長い時間打ち上げで座っていると、背中が痛くなってくるんです(笑)。

息子とのキャッチボールの時にも、自分の体の変化を感じましたね。息子が中学3年生の頃なので、5年ほど前のことです。それまでは息子に、「ボールはこう投げるんだよ」なんて教えていたのが、もう逆転してしまって、ボールを投げても息子より飛ばなくなってしまいました。息子はどんどん肩が強くなっていくけれど、自分の肩は弱くなってしまっていて、「あれ? ボール飛ばないな」って。想像していなかった体の変化を日常の「ふとした瞬間」に気付くんです。

でも、逆に「歌う」ことに関して言うと、歳を取ってからの方が体をコントロールしやすくなりました。30代あたりの頃が一番喉を潰しましたね。体力が有り余っていた分、無茶苦茶な歌い方をして、喉に大きく負荷をかけていたのかもしれません。今はいい具合に体力が落ちていっているから、無駄な負荷がなくなって、喉のトラブルはどんどん減っています。
これから先、50代、60代になっていくと、自分の体力の衰えと、ちょうどいい声で歌うために必要な体力と、この2つのバランスをとる必要がありそうです。普段、特別な体力トレーニングはしていないんですが、ちょうどいい声で歌うための体力をつけるために、トレーニングをしなくちゃいけない日が僕にも来るかもしれませんね。

ライブのためにしている日々の健康管理はありますか?

僕のライブに向かう基本姿勢は、「特別なことをしない」ということなんです。
僕らBEGINの場合は、「このツアーがあるからそこに向けてピークを持っていこう」っていうやり方ではないんです。年中僕らは全国を動き回っているので、ピークを作りづらいというのもあります。ライブする場所もライブハウスから野外コンサートまで色々だし、地方のお祭りや、地元沖縄でのイベント出演もあれば、3時間のフルライブまで、いろんな形のライブがあるんです。そんな中で、いつもピーク状態を保つのは無理でしょう? だから、「どこかにピークを持っていく」のではなくて、常に同じペースでやっていこうと。特別なことはせずにね。
でも、これって意外に覚悟がいることなんですよ。「これをやったから大丈夫だろう」っていう確信が持てないから。「これで大丈夫かな」と不安になることもあるけれど、動じずに平常心でいようと思っています。

この姿勢は健康管理に通じるものがありますね。ライブの前に緊張はしますか?

もちろん緊張します。緊張はしていますけど、そこで発声練習をして準備万端に整えて「行くぞ!」というタイプではないんです。僕の緊張のほぐし方は、スタッフと話をしたり、メンバーとくだらない話をしたりすることです。これがおそらく自分の中での発声練習になっているのだと思います。

「緊張しても動じずに常に自然体でいること」って、意外に難しいことだと思いますが、音楽活動を長く続けることで培った、音楽のみならず人生を楽しむコツなのでしょうね。
比嘉さんの普段の生活について聞かせてください。ライブが終わった後は飲みに出かけることも多いのですか?

世間の皆さんが抱いている、音楽をやっている人のイメージってありますよね。例えば、「破天荒な生き方をしている」とか、「お酒をたくさん飲んでいる」とか。でも僕は全然そういう人間ではないんです。
ライブが終わった後は、普通にホテルに帰ってゆっくりしたくなっちゃう。ライブが終わると気力がなくなってしまう。僕みたいな田舎者は、どうしてもライブが終わってもまだ「人酔いするような感覚」があって、人疲れしてしまうんです。
母親に「あんた、ツアー行ったら美味しいものばっかり食べてるだろうから、ちゃんと栄養のバランス考えて食べないとダメだ」って言われます。でも、ライブ後の時間帯は、美味しいと評判のお店は閉まっていることがほとんどで、居酒屋さんで食べられたらいい方ですよ。コンビニでおにぎりを買ってホテルの部屋で食べることも多いです。

比嘉さんは世間がアーティストに抱くイメージとはかけ離れた生活をしていますね(笑)

そうなんですよ。僕は皆さんがアーティストに抱いている先入観と戦っているんです(笑)。例えば、バンドマンは不健康で痩せているイメージってあるでしょう。でも僕はブルースが好きなので、大好きなブルースマン達みたいになりたいなと思っています。決してブルースマン達は痩せてはいないし、ムキムキでもない。でも不健康ではないんですよ。長生きする人も多いんです。

20代の頃、ある尊敬するギタリストの方に聞いたことがあるんです。
「いつもすらっとしてますが、ダイエットとかしてるんですか?」って。
返ってきた答えは、「ギター弾いたら痩せんねん」と。
これ、ものすごく納得しましてね。太い声を出すためとか、歌う時の息が続くようにするためとか、そのために体力トレーニングをしなくてはと思うと長く続かないと思うんです。音楽をやり続けていくのであれば、バーベルを持つよりもギターを弾き続けようと、僕は思います。
これが自分の中での健康に対する考え方の基盤になっていると思いますね。

デビュー以降も地元である石垣島を生活拠点にしたまま各地を飛び回っていらっしゃいますが、大変ではないですか? 地元にずっといたい、子育ては地元でしたい等、何か思いがあるのでしょうか?

島を離れたくなかったんですよ、全然。「音楽で生活していこう」と決めてからも、その思いは変わらなかったです。よく、小さな島に住んでいると、「思春期になると島を離れたくなるのは当然だよね」って言われますが、僕は全くそういう気持ちがなくて、今でも「住んでいる町内から出たくない」という感じです。
石垣島では、夜に電灯を持って海に魚を捕りに潜るっていう男もまだいるんですよ。「電灯潜り」といいます。昔は冷蔵庫がなかったから、朝食べる分を夜に捕りに行くんです。食べる分だけを海で調達してきてさばいて食べる。その生活の在り方ってやっぱりカッコいいと思いますよ。
沖縄の食生活がどんどん欧米化されてきていますが、ハンバーガーの生活か、魚を自分でさばいて食べる生活か、どっちがいいだろうと冷静に考えてみると、海で捕ってきたものを食べる方を、僕は選びますね。
昔は、釣りをしていても、魚が痛そうでかわいそうになって釣り針が外せないような子供だったんです。でも、「これでは島の人間としてダメだ」と思いまして。最近やっと魚をさばけるようになりました。さばきながら「おお、うまそう」と思えるようになるには、まだまだ鍛錬が必要ですが。

昔ながらの石垣島の強い男、憧れますね。僕はそうなりたいと思っていますし、いつの日か、なってやりますよ。
そのためには、ずっと「健康」でいないと。「『元気』で『健康』であること」、これが石垣島の強い男の前提条件ですからね。

インタビューは後編に続きます。

後編はこちら

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