Design Story #02

喘鳴センサ「WheezeScan」/スマートフォンアプリ「Asthma Diary」

一人でも多くの小児喘息患者が安心して生活できるように予防・管理をサポート

Design Story #02  

オムロン ヘルスケアのデザインフィロソフィー「こころが前を向くデザイン」を体現する製品やプロジェクト。その裏側にあるデザインストーリーをご紹介します。

喘鳴センサ「WheezeScan」とスマホアプリ「Asthma Diary」デザインストーリーでは、これらのデザインプロセスを振り返り、喘息発作ゼロを目指すオムロン ヘルスケアの取り組みや思いを紹介します。参加者はデザイン部から、喘鳴センサのプロダクトデザインを担当した井上皓介、「Asthma Diary」の企画を担当した木村美由紀、そして「Asthma Diary」のUI(ユーザーインターフェース)デザインを担当した濱口貴広です。

喘息患者は全世界で増加しており3億3900万人にものぼります。なかでも多いのは5歳までに発生する小児喘息。乳幼児は自分の症状を伝えるのが難しいため、ご家族が症状や服薬の状況を正しく医師に共有しながら治療を継続することが重要です。

発作が起きていない状態が続くと自己判断で服薬や治療をやめてしまい、発作の再発や喘息の長期化、さらには生活の質の低下につながるケースがあります。明らかな症状がないときでも、患者の生体内では気道の炎症が起こっていることがあるためです。

2020年、オムロン ヘルスケアは、炎症による気道の閉塞が原因で発生する喘息患者特有の喘鳴音(ぜんめいおん)を正確に検出する喘鳴センサ「WheezeScan」を開発し、ヨーロッパ6ヵ国で発売をはじめました。医師にしかわからなかった喘鳴音をセンサが捉えて判断します。家庭で喘鳴音の有無を検出する、今までにない発想の製品です。また同じく開発した、症状と服薬状況を記録できるスマートフォンアプリ「Asthma Diary」との併用により、医師とのスムーズで的確な情報共有も可能に。これは、オムロン ヘルスケアが呼吸器事業の事業ミッションに掲げる「喘息発作ゼロ(Zero asthma attacks)」の実現に向けた取り組みです。

  1. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/asthma

小児喘息の治療・管理の課題に向き合うなかで生まれた「喘鳴センサ」

担当者
(写真、左から)スマートフォンアプリ「Asthma Diary」の企画を担当した木村、UIデザイン担当の濱口、喘鳴センサのプロダクトデザイン担当の井上

喘鳴センサの開発にあたり、小児喘息の治療や症状管理について、どんな課題を認識していたか。

井上:喘息は、ホコリやカビ、煙やアレルゲンなどの誘因により、気道が炎症を起こし、アレルギー反応で気道が一時的に狭くなる発作を起こす呼吸器疾患です。小児喘息の大きな課題の一つが、小さいお子さんは自分の症状を説明できないこと。いきなり発作が出て救急搬送されることもあるので、ご家族は常に緊張状態で生活を送られています。
ユーザー調査では、「関西から北海道に向かうわずか1時間の飛行機のなかでも不安でしかたがない」という声がありました。また小学校の修学旅行のとき、何かあれば駆けつけられるように、お子さんが滞在する宿の隣のホテルを予約してこっそり付き添われた方もいました。

世界各国でのユーザー調査で気づいたこととは?

井上:ブラジルで「プロのサッカー選手になりたい」という少年に出会ったのですが、練習の合間にお母さんが喘息薬を吸入させてあげていました。喘息という病気と向き合いながら、それぞれに夢に向かって生活しています。世界を巡りながら、みなさんが普通の生活を送れて、安心してやりたいことをできるようにサポートしたいと強く感じました。

オムロン ヘルスケアの呼吸器事業では、これまで喘息患者に対してどのような取り組みをしてきたか?

井上:当社は20年以上前からネブライザを開発してきました。アジア、北米、南米、ヨーロッパを巡り、各地で患者の治療との付き合い方を調査し、医師からのヒアリングも重ねて一人でも多くの患者が安心した生活が送れるように予防や管理をサポートできないかを考えてきました。

担当者各地で患者の治療との付き合い方を調査。医師からのヒアリングも重ねた
アジア、北米、南米、ヨーロッパを巡り、各地で患者の治療との付き合い方を調査。医師からのヒアリングも重ねた

喘息発作を防ぐには、継続的な服薬で気道の炎症を抑える必要があります。しかし、「あまり薬を飲ませたくない。症状がないときは飲まなくていいだろう」と考えるご家族の中には、発作がないと薬をやめてしまう方もいます。そうすると、突然発作が起きたときに気道を拡張する吸入治療をすることになりますし、場合によっては救急搬送を要することもあります。こうした繰り返しによって、喘息の悪化や長期化も危惧されます。

そこで、気道で炎症が起きたときに肺の中でかすかに鳴る、喘鳴音を検出するセンシング技術を開発しました。発作の前段階を認識できれば服薬の必要性が分かって、すぐに医師に相談することができます。また、喘息の治療は数年以上に渡ることもあるので、日々の症状を記録して医師に伝えることが重要です。そこで、喘鳴センサと連携するスマートフォンアプリ「Asthma Diary」も開発しました。

喘鳴センサとアプリで喘息治療を管理する

喘鳴センサ「WheezeScan」とスマートフォンアプリ「Asthma Diary」
喘鳴センサ「WheezeScan」とスマートフォンアプリ「Asthma Diary」

喘鳴センサと「Asthma Diary」の役割と具体的な性能について

井上:喘鳴センサは、お子さんの胸にセンサを当てるとセンシングが始まり、30秒で喘鳴音の有無を検出します。喘鳴音がなければ「no wheeze(喘鳴なし)」の赤いランプが点灯。Bluetoothでペアリングしたスマートフォンに自動的にデータが送られ、「Asthma Diary」に記録されます。

木村:喘鳴センサでは、喘息症状が出やすいとされる朝晩の時間帯や、外出時など気になるときに測定して発作の予兆を知ることができます。これにより日々の服薬を正しく続けてもらうという狙いがあります。

「Asthma Diary」では、日々の測定データを蓄積していくことで、「先月よりも喘鳴が10回減っている」などと長期的に状態を見ていけるようになります。同時に、服薬治療も併せて記録し、喘息治療を管理することができます。

医師が正しい診断をするためにも、日々の状態を伝えられることが望ましく、これまでも紙の喘息日誌はたくさん出ていました。しかし、毎日記録をし続けるのはとても大変なので、できるだけ負担を減らせるツールにしたいと考えました。

井上:喘息管理においては、症状だけでなく、服薬や発作時のネブライザ吸入などの記録も医師にも伝えなければいけません。やらなければいけないことを、ひとつにまとめていくのもアプリの役割なのかなと思っています。

ユーザーファーストで発想した、喘鳴センサとアプリの連携

喘鳴センサのプロダクトデザインはどのように進めたのか?

井上:喘鳴センサは、正しい位置にしっかり当てる必要があります。そこでまず、「これを30秒お子さんの胸に当ててください」と言われたときに、ご家族がどんな風にお子さんに声をかけ準備するのか、測定行為の前後含めて観察し、“喘鳴センサで測定する行為”がご家庭の中でどのように行われるのかを考えることからはじめました。

ユーザーがどのように行動するのかを観察することからはじまったプロトタイピング
ユーザーがどのように行動するのかを観察することからはじまったプロトタイピング

まず観察をして、お子さんを抱えて手の感覚を頼りにセンサを当てようとすること、そのときに不快な当て方をするとお子さんが泣いたり暴れたりすることがわかりました。そこで最初のプロトタイプでは、指先の感覚を頼りに当てやすいよう、手袋にセンサを取り付けたものを制作しました。

このプロトタイプから「ちゃんと当てていることを感じ取りながら押さえる」ことができる形や、使い方をわかりやすくサポートする光や音の表現とタイミング設計を模索しました。次に考えたのは手の中に収めて指で挟める形。手のなじみを追求すべきだと思ったので、スケッチを発泡スチロールや3Dプリンタで形にして、触感とセンシングの方法を確認しながらつくっていきました。

見た目のデザインよりも、まずは手の触感やセンシングの部分を重視したポイントとは?

井上:もちろん見た目も重要ですが、正しくセンシングすることが大前提です。開発チームが開発した高度なセンシング技術と、使う方の間にあるギャップを埋めるのがデザインの役割です。ちゃんと当てられる形であることと、30秒間正しく測るという行為に誘導することが重要でした。

操作のはじまりから終わりまで正しく誘導するには、どんな表示やインターフェースの動作が必要なのか。感覚的になってしまいがちな要件は、デザイン側も簡易なプログラミングと電子工作をしながら開発とコミュニケーションをとり、動作するプロトタイプをつくって試すプロセスを繰り返しました。同時に、ユーザーテストも実施。喘鳴センサ本体に情報を表示する画面を搭載すると、測定中に見てしまい、センサが皮膚から離れることに気づきました。そこで、表示画面を付けるより、センサ周辺部を光らせるほうがいいという結論に至りました。

いくつものプロトタイプ制作とユーザーテストを経て、形状・サイズ・素材をブラッシュアップしていった
いくつものプロトタイプ制作とユーザーテストを経て、形状・サイズ・素材をブラッシュアップしていった

喘鳴センサは何歳児から対応していますか?

井上:4ヶ月からです。赤ちゃんが泣くと喘鳴音がかき消されてしまうので、“精度高く喘鳴音の有無を判定する技術”と“泣かさない工夫”の両立も開発の大きなポイントでした。センサ部分が冷たいと赤ちゃんがびっくりして泣いてしまうので、金属ではなくシリコン素材を選択。また、安定性を高めるために大きめにして平たくしました。安定して当てられると赤ちゃんにも違和感がなく、測定行為そのものが安定するため赤ちゃんの安心につながります。

また、お子さんを後ろから抱えて胸に当てる方が多かったので、測定のはじまりと終わりを音で知らせることにし、音の大きさや種類はデシベル値を細かく見て決めました。センシング中に明滅するLEDの光の柔らかさも検討し、呼吸をセンシングしているイメージを表現しました。

木村:最終的なデザインは柔らかい曲線を用いたシンプルな形で、やさしさを感じるデザインにしました。このデザインがあったので、アプリのグラフィックもイメージしやすかったです。

多くのプロトタイプを経て完成した喘鳴センサと、カバンに入れて持ち運ぶことを想定したケース
多くのプロトタイプを経て完成した喘鳴センサと、カバンに入れて持ち運ぶことを想定したケース(写真、右手前)

センサと連携するアプリ「Asthma Diary」の企画・デザインはどのように進めたのか。

木村:正しい喘息治療のために日々やらなければいけないことが多く、患者やご家族の負担になっていることがわかってきました。一方で、治療に役立ててもらえないと意味がないので、アプリに落とし込む要素を絞り込むことに頭を悩ませました。

たとえば、食事や睡眠、運動や発熱の有無など、記録する項目をどんどん増やしたくなるものですが、入力項目が多いと継続しにくくなってしまう。そういうときに、デザイン部内でUXファースト(ユーザーの体験を優先して取り組むこと)の視点で議論することで、アプリの存在価値に立ち返ることが何度もありました。

濱口:最初に大きい構成を決めるときは、「Simple Tracking, Concise Reporting(シンプルに情報取得し、簡潔に表示する)」という「Asthma Diary」のコンセプトを常に念頭に置いていましたね。

継続のしやすさを重視し、機能の絞り込みや手間を最小限にするなどの工夫を行った
継続のしやすさを重視し、機能の絞り込みや手間を最小限にするなどの工夫を行った

木村:負担なく使い続けてもらうため、ユーザーがやらなければいけないことを極力減らしたい。そう考え、喘息治療のガイドラインで最も必要とされる情報を残した構成に落とし込んでいきました。服薬の記録についても、2種類以上の薬が処方されている場合もあるのですが、あえて「飲んだかどうか」だけ入力してもらうなど、できるだけシンプルにしました。

機能だけではなくUIにおいても、情報量は最小限に。また、アプリを「お子さんの治療をサポートする存在」として感じてもらえるように、SNSのようにユーザーの名前と写真を設定できる機能を加えました。アプリを開くと「Hello, (ユーザー名)!」「何日間継続できていますよ」とメッセージが表示されるので、継続して利用することで安心感を得ることができます。

「Asthma Diary」の画面
(写真、左から)「Asthma Diary」のホーム画面、毎日の服薬や症状などの記録画面、発作が起きた際の入力画面

アプリのUI方針とは?

濱口:当社には、デザインをする際に大切にしている「正直、正確、直感、優しさ、ちょうどいい」という5つの哲学があります。「Asthma Diary」のグラフィックやUI、操作感は、「Balance of Rational & Emotional(合理性と思いのバランス)」を重視しつくっていきました。これはミッションの「正確」と「優しさ」にあたり、当社のデザイン全般にも通じています。

喘鳴センサと「Asthma Diary」では、ユーザーがお子さんとご家族、その先の医師と、複数いることに気づいたのは大きな発見でした。だから、患者一人ではなく、使う方々を考えたデザインにしたいと考えました。「Rational」の部分では、医学的に正しいという安心感やセンシング技術の正確性をちゃんと示したい。ただ、医療はサイエンスですので冷たいイメージになりがちです。喘息のお子さんとご家族に寄り添う「Emotional」の部分も表現したい。この両者のバランスの実現を目指しました。

グラフィックでは、ミニマムな構造で「Clear」「Simple」「Calm」を表現しました。あたたかさだけではなく「Clear」で正確性を担保する。画面上を「Simple」で「Calm」に整えることで、お母さんたちを後押しできるような形にしたい。先ほど木村が話した工夫と組み合わせることで、正確でありながら親しみあるものにできているのかなと思います。

人の生活にやさしく溶け込むことと、医療機器としての信頼感。一見相反する価値をUIに落とし込んだ
人の生活にやさしく溶け込むことと、医療機器としての信頼感。一見相反する価値をUIに落とし込んだ

ユーザーが迷わず、使い続けられるようにどのような工夫をしたのか。

木村:リマインダーを設定しておくとロック画面に通知が出て、アプリを開かなくてもその画面上で服薬入力できるようにしました。また、日本のチームでは、「アプリを開いたら入力フォームが表示されると手間が少ない」と考えていたのですが、海外のメンバーと話すと「日々の記録から、4週間の服薬状況や症状発生状況の合計結果をまとめて表示するサマリー画面を確認できたほうが、手間がなくて良い」という意見もあり、「ユーザーにとって何が便利なのか」を何度も検討して設計していきました。

濱口:最終的なプロダクトの役割は、やはり喘息治療を長期的に管理していくことです。押し付けがましくなく、ポイントを押さえられたアプリに仕上がったときに、やっと全体が見えたという感じがしました。

井上:喘鳴センサとアプリが連携したことで、患者と医師のコミュニケーションを媒介するツールになった手応えがありましたね。

医療機器の技術とユーザーのありたい姿をつなげるという役割

家庭で使われる医療機器ならではのデザインの難しさとは?

井上:喘鳴音の有無を見つけるためには、技術の他に何が必要なのかを考えるのが私たちの役割です。ユーザーのありたい状態を設定し、現状とのギャップをあらゆる視点で深く想像し、定義する。その視点が欠け、ユーザーとの間をつなぐ要素がデザインできないと、どんなに有益な技術であっても十分に力を発揮できません。

「ユーザーの声を聞けばわかる」といいますが、必ずしもユーザーの発言そのものが答えではありません。発言の背景までをうまく解釈して私たちが届けたい価値をユーザーに分かりやすく伝える工夫をしていくべきと思っています。もちろんこれはデザイン部だけで実現できることではありません。

喘鳴センサでは、世界各地のユーザー調査から「なぜこれが必要なのか」を自分たちに問い、「どうしたら使えるようになるのか」をフラットに見ていくところからスタートしました。自分たちの当たり前を一旦リセットし、「本当はこうあるべきだ」という気づきを元に、プロジェクトに関わる全員で進めていくことが大事なのかなと思っています。

濱口:血圧管理を家庭で行う習慣をオムロンがつくってきたように、これからはそれぞれが生活のなかで自分に合う健康管理や治療法を見つけていくのが、新しいメディカルの形になると考えています。喘鳴センサと「Asthma Diary」もそのひとつです。

ユーザーの生活に合わせた新しい技術で健康な暮らしの後押しをできるものを、私たちはデザインしていかなければいけないと思っています。

喘鳴センサと「Asthma Diary」はすでにヨーロッパで発売し、国内では「2020年グッドデザイン賞BEST100」を受賞
喘鳴センサと「Asthma Diary」はすでにヨーロッパで発売し、国内では「2020年グッドデザイン賞BEST100」を受賞。一歩一歩だが着実に歩みを進めている

喘鳴センサの取り組みを振り返って、今後取り組んでいきたいことはありますか?

木村:「Asthma Diary」はヨーロッパ6カ国で公開をしており、すでにドイツの呼吸器学会から良い評価をいただいています。今後は、この製品の価値をもっと伝える活動をしていきたいです。

井上:喘鳴センサは今までなかった製品なので、すでにある製品とは違う広がり方をしていくと思うんです。価値を伝えるとともに、フィードバックをもらって次に何をすべきかを考えてアップデートもしていかないといけないと考えています。

濱口:今までにない製品を世に出すことに貢献できるのはすごくありがたいと思っています。患者自身やご家族のつらい状態を改善するだけでなく、ちょっとプラスの方向に導いて、前向きになれる方法を考えていきたいです。

木村:喘息発作は体にも大きな負担になりますし、救急搬送されると医療費もかかります。発作が起きない状態を保てたら苦しさを減らすことができるし、症状発生を抑え続けられる可能性も高まります。医療機関側としても、より重症度の高い疾患の患者ケアに時間を使える。「喘息発作ゼロ」というビジョンの背景には、社会全体の課題解決として取り組むという意味も感じています。

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