Design Story #01

ウェアラブル血圧計「HeartGuide®」

脳・心血管疾患の発症ゼロ(ゼロイベント)を実現する、ウェアラブルなデザインへの挑戦

Design Story #01  

オムロン ヘルスケアのデザインフィロソフィー「こころが前を向くデザイン」を体現する製品やプロジェクト。その裏側にあるデザインストーリーを紹介します。

HeartGuideデザインストーリーでは、 ゼロイベントの実現を目標に開発されたHeartGuideのデザインプロセスを通じ、デザインが果たした役割を明らかにします。参加者は、デザイン部を統括するデザインディレクターの荻原剛、 ユーザーの体験や経験をデザインするUX(ユーザー体験)領域を担当したブライアン・ブリガム、画面上で見られる情報をデザインするUI(ユーザーインターフェース)領域を担当した濱口貴広、写真やイラストレーションなどビジュアルコミュニケーションを担当した後藤義和です。

日本人の死因1位は「がん」ですが、2位と3位の「心疾患」と「脳血管疾患」の原因として挙げられるのが「高血圧」です*1。日本では高血圧人口は推計4,300万人*2と、実に3人に1人が高血圧によってこれらの病気やリスクと向き合う生活を送っています。また、世界の高血圧人口は成人の3人に1人にあたる約10億人*3。高血圧は世界共通の課題なのです。

オムロン ヘルスケアは、「血圧は病院で測るもの」ということが常識だった1973年に家庭用血圧計の第一号を発売。血圧測定を継続する重要性を伝える活動とともに「家庭で血圧を測る」という新しい文化を根付かせてきました。しかし、いまだに多くの人が高血圧による脳・心血管疾患で命を落としたり、生活の質(Quality of Life)を低下させています。この現状を踏まえて、オムロン ヘルスケアでは、日常生活の中で日々の血圧測定頻度を上げることで危険な血圧変動をとらえ、脳・心血管疾患の発症リスクを予測し未然に防ぐという新たなチャレンジを開始。2019年に血圧が気になるときにいつでも測定できる腕時計型のウェアラブル血圧計「HeartGuide」を発売しました。今まで把握が難しかった日中の血圧変動を把握し、より良い血圧コントロールを実現するという、世界共通の課題の解決に一歩を踏み出したのです。

オムロン(当時は、オムロンの前身となる立石電機)が、測定技術を通じて人々の健康に貢献するために簡易血圧計の開発を始めたのは1964年。当社初の家庭用血圧計を発売したのは1973年です。長い年月をかけて、医師とともに家庭での血圧測定が有用であることのエビデンスを積み重ね、朝晩に家庭で血圧を測るという文化を定着させてきました。その文化をさらに発展させて、社会的課題としての高血圧症の予防改善に取り組もうとしています。

  1. H22 厚生労働省 人口動態統計
  2. 2010年 Epidemiology of Hypertension in Japan – Where Are We Now? – Katsuyuki Miura, MD, PhD; Masato Nagai, PhD; Takayoshi Ohkubo, MD, PhD
  3. 世界保健機関(WHO)2013 報告(2008年での高血圧人口を記載)

ゼロイベントで目指す未来と技術をつなぐ、デザインの役割

担当者
(写真、左から)UXデザイン担当のブリガム、デザインディレクターの荻原、UIデザイン担当の濱口、ビジュアルコミュニケーション担当の後藤

ゼロイベント実現に向けて、デザインが担う役割とは。

荻原:血圧管理に限らずですが、日々の健康管理や服薬を継続されている方が実際に持たれている悩みや苦しみって、案外知られていません。どういう方が、どんな思いでどんな生活をされているのか。それを理解することが私たちのデザインの第一歩だと考えています。生活の中のほんの少しの苦しみや不安を捉えて、それを解決するための先進の技術を使う人にとって最適な状態で届けるにはどうしたら良いかと考えていくのがデザインの大きな役割です。

高血圧症の有症率は年齢とともに高くなり、日々の血圧測定が必要になります。技術も進化し、サービスを届ける手段としてスマートフォンも出てきました。血圧管理や自身の健康管理にスマートフォンアプリを使用される高齢者も私の想像を超えるスピードで増えてきています。環境もユーザーも進化し続けている状況を読み取って、ユーザーとなる方が「使いたい」「続けてみたい」と思えるような技術を変換していくことが、ゼロイベントの実現にデザインが寄与する部分だと思います。

濱口:ゼロイベントという事業ビジョンがあり、実現するための技術がある。間をどうつなげるのか模索しているうちに、ユーザーを理解し体験を一番に考える「UXファースト(ユーザーの体験を優先して取り組むこと)」の姿勢が定着し、ユーザーとのコミュニケーションをより重視するように変わってきたのかなと感じます。

ゼロイベントの実現
2015年度から「ゼロイベントの実現」というミッションを掲げ、測定頻度を上げる発想で超小型血圧計の開発からはじまった話は、UXファーストを考えるなかで徐々に形を変えていった

荻原:もともと私が所属する部署は、ハードウェアのデザインをする部門としてはじまりました。今はハードウェアそのものをデザインするというよりも、オムロン ヘルスケアが伝えたいビジョンと技術をより良い体験(UX)として届けていくことに軸足をおいているイメージです。そのため、扱うものもハードウェアの在り方やUI、スマホアプリケーションなど、以前と比べて広がっています。

また、ビジョンを届けるという点で欠かせないのが、ビジュアルや言葉としても明確に発信し、ユーザーに伝えていくということです。たとえば、抽象的な事業ビジョンはビジュアル化することでよりクリアになります。担当する後藤には、コンセプトを作る初期の段階から色々なプロジェクトに参加してもらい、コンセプトをかためていくプロセスと並走してビジュアル化することで、事業ビジョンをより明確にし、伝えていってもらいたいと考えています。

後藤:「ビジョンやプロダクトの魅力をいかに表現して効果的に伝えるのか」を考えるのが私のメインの仕事になります。それはビジュアルをきれいにして外へ出していくというだけではありません。私たちはデザインに特化した部門にいるので、デザイン思考で社内の開発プロセスを進めていくことも役割のひとつと認識しています。

ブリガム:経営や事業企画チームは戦略や販売計画を立て、エンジニアは自分たちの技術開発に取り組みます。私たちのチームの役割はユーザーを深く理解し、UXファーストの考えを軸に関連部門との連携を強化してプロジェクトを進行させることが重要です。

いつでも、どこでも測定を実現したウェアラブル血圧計。UI、UX、コミュニケーションそれぞれのアプローチ

ウェアラブル血圧計「HeartGuide」
血圧は一日を通して常に変動し、人によって最も血圧が上がるタイミングが様々。そのため日中の血圧変動を把握し、自分の傾向を知ることを目的に開発されたのがウェアラブル血圧計「HeartGuide」

プロジェクトの全体管理とユーザー調査からはじまったHeartGuideの開発とは。

ブリガム:ユーザー調査を始めたのは2015年。調査から得たアイデアをプロトタイピングで形にし、テストして、改善点をまた次のプロトタイピングに活かす。その繰り返しを通して、あるべき姿を理解していくのが、オムロン ヘルスケアのものづくりだと思います。HeartGuideは、プロジェクトの初期からエンジニアとデザイナーがチームになりプロトタイピングに取り組んだ初めての事例です。

従来の血圧計は朝晩の測定習慣を前提につくられているので、小型化しているとはいえ測定時間と使用場所が限定されます。日中の血圧測定を可能にし、測定頻度を上げるには、毎日の生活の中で「いつでも、どこでも」血圧測定を可能にする必要があります。そこで、まずはリストバンド型を考えました。リストバンドに埋め込んだセンサと手首の動脈の位置を合わせて測定するというアイデアです。しかし、アメリカでユーザーテストを行ったところ、多くの人が自分の手首の動脈を見つけられないという結果になりました。

大量に並ぶプロトタイプ
大量に並ぶプロトタイプは、これでも一部。試行錯誤を繰り返し、ユーザーのニーズやどうすれば簡単に使えるのかを探求していった

いろんな種類のプロトタイプをつくったのですが、動脈の位置を認識できた人は50%。初期段階で、自分たちのアイデアが間違っていると気づけてよかったと思います。

荻原:センサと動脈の位置を合わせられたらセンサを小さくできるので、全体的にコンパクトにつくれると考えていました。しかし、ブリガムの調査で無理だとわかったので、どうしたら使いやすく、誰でも測れるものにできるのか、開発チームと議論を重ねて同じ目標を持つことができました。

血圧計はただ身につけやすさを追い求めるだけでなく、測定精度も同時に保つ必要があります。そこが医療機器をデザインしている私たちの仕事の特徴的なところで、測定精度がぶれないように研究しながらプロトタイピングを進めます。エンジニアとデザイナーが初期からチームとして動くことで、スピードも上がる。ブリガムがアメリカで繰り返しユーザー調査をしてくれて、開発チームが応えてくれる。最初から一緒に切磋琢磨してきたから、高いハードルが現れてもそれを乗り越えるチームになれたと思います。

ブリガム:ユーザーテストの結果を元に舵を切り、センサのサイズ、つまりカフ(血圧を測定する時に動脈を圧迫する空気ベルト)の幅を変更しました。ところがさらにユーザー調査を進めるうちに、ユーザーが「測定が簡単で正確であっても、血圧計だとわかるデバイスを身につけていることを人に知られたくない」という気持ちを持っていることにも気づいたのです。

そこで採用したのが腕時計型です。身につけていても血圧計だとわかりませんし、誰もがその使い方を知っています。スマートウォッチを参考にし、測定に必要な部品をどこまで小さくできるかという技術的な限界を検討していきました。

開発チームでは独自のカフの開発やコンポーネントの小型化が進められた
高い測定精度を腕時計サイズで実現するため、開発チームでは独自のカフの開発やコンポーネントの小型化が進められた

ユーザー調査で得られた最も大きな気づきとは。

ブリガム:私が想定していた以上に、自分の体調や症状に興味を持って知ろうとする前向きな人がいたことです。彼らのことを「Take control(管理する人)」層と呼んでいますが、自分ごととして血圧を理解して問題を解決しようとしているのが特徴です。具体的には、新しい技術に興味があり、すでに何らかの心疾患を抱えている方々です。その発見が、HeartGuideのメインユーザーを決める材料になりました。

これまでにない腕時計型の血圧計をつくるなかで、どんな課題を感じていたか。

濱口:今までにない新しい製品ですので、企画も開発も製品に関わる人たちそれぞれにやりたいことをたくさん持っていました。たとえば、せっかく常に身につけるならメールもチェックしたいし、歩数も知りたい。睡眠の質も見たいし、血圧測定の履歴も確認したいなどです。

しかし、本来の目的である血圧を測ること自体、高度な制御を必要とするので、搭載する液晶での表示内容やCPUの性能とのバランスをとりながらデザインしていくことになりました。表現できることが限られる中で、何をHeartGuideの画面で見られるようにして、スマートフォンアプリにどの機能を採用するのかを考えるのはとても難しかったです。

デバイスに盛り込む機能や画面遷移を表したフロー
デバイスに盛り込む機能や画面遷移を表したフロー。なぜこのデザインにしていくのかチームの認識を合わせていった

異なる意見のとりまとめには、機能や画面遷移を書いたフローを用いました。日々の測定頻度を増やすことを目的としたHeartGuideのコンセプト「anytime, anywhere」を常に目に入る部分に書いておき、開発に関わる人たちと一緒にフローをつくりあげることで、「なぜこの形にするのか」「どの機能をどこに搭載するのか」の認識を揃えるようにしました。

特にメインユーザーとなる方たちを意識して工夫したこととは。

濱口: ユーザーテストで実際に操作してもらい観察をしていると、機能が同じでも高齢の方にとって使いやすい操作方法や順番があることを改めて実感しました。私たちの想像以上にシンプルでわかりやすい構成と操作が好まれました。ですから、血圧測定を継続してもらうためにもデバイス側は計測に特化して余計な機能を削る、傾向や解析といった他の機能はアプリ側にもっていくという切り分けを行いました。

これで、測定頻度を増やすためのデバイスというHeartGuideの位置づけもより明確にできました。また、アプリ側で行う初期設定や測定データの見方などの説明を、どのタイミングでするのかなど、箱を開けてから使い始めるまでをひとつの流れとして考えていきました。

ビジュアルコミュニケーション担当として、最も重視したこととは。

後藤:最も重視したのは、やはりUXファーストです。HeartGuideはこれまでにない製品なので「どうやってユーザーにリーチして、共感してもらうか」「共感してくれた人にどのような体験をしてもらうのか」を、いかにビジュアルと言葉で効果的に表現し、効率的に伝えられるのかをみんなで考えていきました。

コンセプトやコアバリュー、メインターゲットが決まり、どのようなビジュアルと言葉で伝えるのかを決めていった
コンセプトやコアバリュー、メインターゲットが決まり、どのようなビジュアルと言葉で伝えるのかを決めていった

商品の魅力を伝えるビジュアル要素や言葉は、世の中に出たときに顧客の心に溜まっていくもの。マーケティング用語で言えばブランドの資産になります。より効率的に顧客にブランドを理解してもらえるように、本製品では、顧客とコミュニケーションする際の色や文字、キービジュアルを設定しました。

また、HeartGuideはゼロイベントの実現に向けて私たちが提供する血圧計のフラッグシップとしているモデルです。コンセプトやコアバリュー、ターゲットの要点を海外拠点のメンバーとも共有しながら、ひとつのブランドをつくり上げていきました。

これまでの血圧計のイメージとは一線を画すキービジュアル
これまでの血圧計のイメージとは一線を画すキービジュアル

医療機器メーカーから、治療や健康管理を促進する役割へ

ゼロイベントの実現に向け、今後はどのような取り組みを進めていくのか。

濱口:ひとつは、血圧管理から脳・心血管疾患予防領域へと視野を広げ、心房細動という不整脈を検出する技術の開発をしようとしています。心房細動によって心臓内に血栓ができると、脳梗塞が起きる危険性が高くなります。また、グローバルでもゼロイベントを実現する取り組みを行っていて、アメリカでは「VitalSight」という遠隔患者モニタリングシステムの提供をはじめました。

イベントを未然に防ぐためには、血圧に変調が見られた際にすぐ対処することや、日々のバイタルデータをモニタリングし、医師の診断のもと効果的な高血圧治療を行うことが重要です。その実現のために、遠隔診療サービスの提供を始めました。また、高血圧は継続的な血圧管理が必要で、日本の場合は3ヶ月ごとに1回通院し、薬をもらって毎日飲まなければいけません。なかには通院が負担となって治療を中断してしまう人も多く、また医師にとっても、病院で測定した3ヶ月ごとの血圧値や、患者が家で記録した血圧値を限られた診察時間内で完全に把握するのは大変なことです。家で測った血圧のデータが自動的に病院に送られて医師や医療従事者と共有でき、自分の血圧状態に合った薬が届くようになれば、通院負担を軽減しながら効果的に血圧をコントロールすることができます。家庭での血圧測定がゼロイベントの実現へつながるように、今後も誰もが使いやすいデバイスやサービスを提供していきたいと思います。

ブリガム:これまで私たちは血圧を測る技術の開発に専念し、血圧の管理はユーザーに委ねているという関係性でした。しかし今は、プロダクトがデータを収集するようになりVitalSightの提供もはじめました。次はそのデータが意味するところをユーザー自身が理解して行動を起こせるように支援していく必要があります。データを活用する医師だけでなく、ユーザーを中心に置いて考えているサービスです。

血圧の測定データは医師が適切な診断をするための材料になりますし、患者も適切なアドバイスを受けられるようになる。私たちが目指すのは、医師と患者をつないで、より良い治療と健康管理に向けてより良い健康管理の実現に貢献していくことです。そのためにも、様々な立場のユーザーが使いやすいように複雑なことをより簡単にしていく必要があります。

ユーザー、医師、看護師、薬剤師と考えるべき人が増えていくなかで、オムロン ヘルスケアが手掛けるものもデバイスだけではなくなっていく
ユーザー、医師、看護師、薬剤師と考えるべき人が増えていくなかで、オムロン ヘルスケアが手掛けるものもデバイスだけではなくなっていく

後藤:血圧測定だけでなく、心電図の記録などにサービスが広がり、内容が複雑になればなるほど、いかにわかりやすく伝えるのかが重要になっていきます。多様な製品があるなかでユーザーに選ばれるには、つくり上げたブランド像をぶらさず、ひとつの言葉で伝えるメッセージはひとつに絞り、コミュニケーションすることが基本だと思っています。何を起点にして選べばいいか、明確な判断材料となるメッセージを届けなければいけません。

荻原:同時に、今まではデバイスのユーザーのことだけを考えていればよかったのですが、ゼロイベントを実現しようとすると、私たちがデザインをするときに考えなければいけない相手の幅がどんどん広がっていきます。医師だけでなく、看護師や薬剤師との関わり合いもユーザーにとってはUXのひとつであり、タッチポイントになるかもしれません。さらには、導入する国や地域の医療システムや法律も意識する必要があります。
医療関係者を含めたユーザーをよく知り、彼らに価値を感じてもらいつつ、「いいな」と思ってもらえる体験をつくることが、ゼロイベントの実現におけるデザインの役割だと思っています。

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