オムロン ヘルスケアは2023年現在、世界130以上の国と地域において、血圧計やネブライザなどの医療機器とサービスを提供している。グローバル企業としての成長を推し進める原動力となったのは、「地球上の一人ひとりの健康ですこやかな生活への貢献」という熱い想いだった。
1980年代、血圧計や体温計のヒット商品が生まれるなど、日本での事業は徐々に広がっていた。さらなる事業の拡大に欠かせない戦略の1つが、海外市場への進出である。当時、先進国では生活が豊かになるにつれて健康課題が顕在化しつつあった。1982年、ドイツでの血圧計販売を開始。そして、本格的に北米市場に進出する計画が持ち上がった。
1980年代、北米では肥満率が急速に上昇し、肥満を原因の1つとした高血圧患者の増加が社会問題化していた。高血圧の治療に不可欠な血圧計は、日本の約4倍の需要があるといわれており、血圧計の市場成長率も年間約20%と見込まれていた。当時、北米では安価なアネロイド法*¹の血圧計が主流だった。しかし、技術革新により測定結果が液晶に表示されるデジタル血圧計の価格が低下。大手メーカーがこぞって血圧計市場に参入し、マーケティングにも力を入れたため、これからはデジタル血圧計が広まっていくと予測された。そこでオムロンも、規模がもっとも大きい北米市場へのチャレンジを進めることになった。
当時のアメリカでは、大手輸入業者のマーシャルを中心にOEM*²による市場参入を行なっていた。日本からマーケティングを行ない、日本向けの製品をアメリカ向けの仕様に変更して輸出していたのだ。しかしOEMでは、自社から消費者に届くまでの流通チャネルの複雑さや、価格戦略などの課題があった。そこで、今後の北米市場の深耕には市場に密着したマーケティング活動が必要だと考え、1983年、現地に駐在事務所を設置した。
駐在員は「いかにして自社ブランドの直販ルートを確立するか」を命題に、ドラッグストアチェーンなどの開拓を始めた。しかし、当時はオムロンの知名度が低く、なかなか相手にしてもらえなかった。独自にチャネルやブランドをつくるには難しい事業環境であった。さらに、アメリカでは医師や薬剤師に薦められて血圧計を購入する高血圧患者が多いという社会背景もあり、医療従事者にオムロンブランドを認知・信頼してもらう必要があった。
そこで、1990年に販路開拓のためにOEM供給先でもあるマーシャルを買収。日本企業がアメリカの企業を買収した。これは当時では、ヘルスケア業界に限らず、とても挑戦的な決断だと言われた。同年、北米に「OMRON
Marshall Products Inc.(のちにOMRON Healthcare,
Inc.に社名変更)」が生まれ、オムロンブランドの血圧計の拡販に乗り出した。これを契機としてオムロンの海外事業は、欧州やアジアパシフィックで独自の販路を開拓していった。1991年3月10日の日本経済新聞には、「2000年に海外の売上比率を30%にする計画」との記事が掲載されている。こうして1990年代前半に海外事業の基盤を固めた。オムロン株式会社から分社した2003年には、海外の売上比率は約54%まで拡大。そのうち約85%は欧米が占めていた。マーシャルからアメリカでの経営や営業ノウハウを学び、認知度を活用することで、オムロンブランドを広める。この活動はその後のヘルスケア事業の海外展開に大きく役立っている。
アジアパシフィック地域では、2000年以降、新興国の経済成長が続いた。その中でも中国では、経済の急成長により生活習慣が変わり、生活習慣病患者も増加。家庭での血圧管理を中国で浸透させることは、オムロン ヘルスケアの使命であり、中国市場への進出は、事業成長の必須要件であった。
オムロンの創業者
立石一真は、いち早く中国ビジネスの可能性に着目していた。中国が「改革開放」路線に転換した翌年の1979年、交通管制システムで中国公安部との技術交流を開始した。1988年にはヘルスケアビジネスで体温計と血圧計の委託生産を大連で開始し、1993年には大連に生産拠点「OMRON
Dalian Co.,
Ltd.」を設立。こうした背景の中、上海に営業拠点を立ち上げ、本格進出したのは1994年のことだ。中国の市場調査から、代理店探し、販売商品の確保などゼロからのスタートだった。
その後、中国の生活習慣病患者は急激に増加し、家庭用の健康医療機器のニーズも高まった。家庭用血圧計がまだ浸透していない中国で、血圧計の正しい使い方や家庭での血圧管理の重要性を啓発。お客様が直接商品を体験したり、相談窓口を設置したサービスセンターをつくるなど、家庭での健康管理の重要性の理解浸透を図った。
2000年代に入ると、家庭血圧が浸透し始め、現地のニーズに合った製品をいち早く届けるために現地化を進めた。現在では、商品企画・開発・生産まで一気通貫して中国国内で行ない、製品やサービスを提供している。
中国では、脳・心血管疾患、がん、慢性呼吸器疾患、糖尿病などが急増しており、これにともなう医療費の増大が新たな社会的課題になっている。2016年には健康分野における初の中長期的な国家計画「健康中国2030規画綱要」を打ち出した。
生活習慣病患者の増加は、中国の医療現場の負荷の増大にもつながっている。また、中国市場でオムロンの存在感を高めるためにも、医療との連携は不可欠である。そこで、2014年、北京に医療機器の販売会社「OMRON
MEDICAL(Beising)
Co.,Ltd」を設立。中国の医療市場で、専門性の高い営業・技術者集団をつくり上げた。
患者側の負担も大きい。例えば、糖尿病は、腎臓疾患や神経疾患、視覚障害などさまざまな合併症を誘発する。しかし、中国では、合併症を併発していても、症状ごとに別の病院や診療科目を受診しなければならない。そこでOMRON
Medical(Beising)Co.,Ltdでは、医療機関や行政、製薬会社などの関係企業に働きかけ、糖尿病患者のワンストップ診療を提供する「MMC(Metabolic
Management
Center)」を2016年に立ち上げた。2020年には、生活者の生活導線上にある薬局チェーンなどで、病院でしかできなかった動脈硬化検査や眼底検査などを手軽に受けられる「MMC健康便利店」が上海にオープン。その後、MMCとMMC健康便利店は、中国全土に広がっている。
2019年の統計によると中国国内の高血圧患者は2億7,000万人(2023年時点、世界保健機関<WHO>調べ)、患者数は増加し続けており、現在、中国の売上は全体の約3割を占めるまでに成長。今後は上海や北京、深圳などの経済都市だけでなく、成長を続けている地方都市へと販路を拡大していく計画だ。
1990年代前半に海外事業の基礎を築き、現在は世界130か国以上に商品を販売し、海外市場での売上は全体の約8割を占めるまでに成長した。
日本で生まれた「家庭で血圧を測る」文化は、着実にグローバルに浸透しつつある。一方で、高血圧患者は世界的に見ても増加の一途をたどり、高血圧に起因する脳・心血管疾患の発症数も増え続けている。さらには高齢化や生活水準の向上を背景とした慢性疾患患者の増加や、それにともなう医療費の拡大、そして医療現場では医師不足をはじめとするリソース不足などの新たな課題も顕在化している。
こうした課題に立ち向かうべく、オムロン ヘルスケアは長期ビジョンSF2030に「Going for ZERO - 予防医療で世界を健康に -」を掲げて、グローバルに取り組みを続けている。現在は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受けて遠隔診療の有用性が広く認知される中、血圧計や心電計、体重体組成計などを用いて家庭で測定したバイタルデータをタイムリーに医師と共有できる遠隔診療サービスにもチャレンジしている。
2020年8月には、北米ニューヨークのマウントサイナイ病院にて、高血圧患者向け遠隔モニタリングシステム「VitalSight ™」の運用をスタート。患者が自宅で測った毎日の血圧や体組成などのバイタルデータを、病院の電子カルテに送信し、医療従事者と共有するシステムだ。
将来の医療の姿を見据え、今後も予防医療の実現につながるデバイスとサービスの開発を進めていく。一方、世界にはまだ家庭での血圧管理が浸透していない地域も多い。そうした地域に向けて、各地域のニーズに合った製品やサービスを開発し、家庭で血圧を測る文化を世界中に広げていくのも重要な使命だ。
オムロン
ヘルスケアは、家庭での健康管理が、人々の健康ですこやかな生活につながるということを証明してきた。これからも「誰でも簡単に、正確に測定できるユーザビリティ」「医療精度を実現する高い技術力と医療従事者からの信頼」といった強みとグローバルに広がる供給力を駆使して、世界各国の健康課題を解決していく。