vol.133 アルツハイマー病の予防は運動と睡眠で

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アルツハイマー病の予防とは

4人に1人が65歳以上という高齢社会を迎え、アルツハイマー病への関心が高まっています。アルツハイマー病はかつて欧米人に多いといわれましたが、検査技術などが確立されるにつれて日本人にも多いことが分かり、現在では認知症の半数以上を占めるほどになっています(※1)。
アルツハイマー病の特徴は、進行性の認知症であり、現在遺伝子レベルでの研究が進められているものの、治療法がまだ分かっていないという点です。
記憶をつかさどる脳の海馬が最初にダメージを受けるため、初期症状として記憶障害(人や物の名前を忘れる)がもっとも多くみられます。物忘れは、加齢にともない誰でも経験しますが、日常生活に支障がない程度の段階を「軽度認知障害(MCI)」といいます。テレビタレントの名前がすぐには思い出せなくても、日常の仕事や家事はそれなりにこなすことができるレベルです。
そこから次第に、記憶だけでなく判断機能や身体機能も低下していき、日常生活に支障をきたすようになるのがアルツハイマー病です。人によって違いがありますが、親しい人の名前を忘れる、同じ話や質問を何度もくり返す、約束を忘れる、置き忘れが増える、片付けられない、計画的な作業ができない、日時や場所が分からなくなる、趣味に関心がなくなる、人格が変化する(温厚な人が怒りやすくなる、社交的な人が他人を避ける)などの症状がよくみられます。また、徘徊行動(時間に関係なく勝手に出歩く)がみられることも少なくありません。

こうした深刻な状態になる前に、予防はできないのでしょうか。
近年の多くの研究から、アルツハイマー病につながる予兆が、発症の10年~20年以上も前からみられることが分かり、軽度認知障害のような早い段階なら予防や改善が可能だと考えられるようになってきています。とくに効果的とされているのが、運動と睡眠です。アルツハイマー病がちょっと心配という方は、ぜひ実行してみましょう。

(※1)認知症には、アルツハイマー病のほかに脳血管性認知症、レビー小体型認知症が知られています。このうちアルツハイマー病は、世界では認知症の約70%を占め、日本でも高齢化にともなって患者数が急速に増加しています。

vol.133 アルツハイマー病の予防は運動と睡眠で

どんな運動が効果的か

アルツハイマー病では、β(ベータ)アミロイドやタウと呼ばれるタンパク質が脳に蓄積したり、過剰なリン酸化を起こしたりすることで、海馬の委縮や神経伝達組織の機能低下が起こると考えられています。最近の内外の研究から、脳内で起こるこうした負の現象の改善に、運動が有効であることが分かってきました。
たとえば、運動をすると、βアミロイドを分解する酵素(ネプリライシンなど)が活性化され、βアミロイドの蓄積を防ぐとする報告があります。また、運動をすることで筋肉細胞から放出されるホルモン(イリシン)が、脳の細胞死を抑制する神経栄養因子(BDNF)を増やし、海馬の神経細胞の活性化や神経伝達機能を向上させるとの報告もみられます。さらに、運動が体内の酸化ストレスを減少させ、同時にインスリン分解酵素を活性化させて、タンパク質のリン酸化や蓄積を防ぐ効果があることも指摘されています(※2)。

では、どのような運動が、予防に効果的なのでしょうか。多くの研究で推奨されているのは、次のような運動です。

<効果的な運動方法とは>

  • ウォーキングや軽いジョギング、サイクリングやエアロバイク(自転車こぎ)などの有酸素運動が良い。
  • 強い運動を週1回やるよりも、30分程度の運動を週3~4回程度おこなうことが大切。理想は毎日おこなうこと。
  • 運動の効果は短期間でみられることもあるが、半年から1年程度は運動を続けることで効果が明確になる。
  • 義務的におこなうのでなく、楽しみながら運動をすることが大切。
  • 運動をしながら、同時に脳に負荷をかける(頭を使う)とより効果的。たとえば、からだと脳を同時に使う運動プログラムを開発した国立長寿医療センターでは、ウォーキングや踏み台昇降をしながら100から3を引き続ける計算をしたり、2~3人でしりとりをしながら歩く方法などを推奨している。計算は次第に慣れてしまうので、100から7を引き続けたり、3と9を交互に引くなどの変化をつけ、脳に新しい刺激を与える工夫をしましょう。

(※2)酸化ストレス(活性酸素による酸化反応)はタンパク質のリン酸化に関与し、またインスリン分解酵素はβアミロイドなどの分解・除去に関与しています。

睡眠障害とアルツハイマー病

運動と並んで、アルツハイマー病の予防に効果があると考えられているのが、睡眠です。
私たちは睡眠中、脳も休んでいると思いがちです。たしかに日中と比較すると脳の活動量は低下しますが、全面休業というわけではなく、必要な栄養素(トリプトファンなど)を取り込んだり、不要な記憶を整理するなど、さまざまな活動をしていることが知られています。
そうした睡眠中の脳の活動の1つに、老廃物の排出があります。日中の活動で生じた老廃物を、脳脊髄液が循環して回収していますが、同時に不要なβアミロイドも回収・排出されています。βアミロイドはアルツハイマー病の原因物質の1つなので、睡眠不足などの影響で脳脊髄液の循環機能が低下すると、βアミロイドが増えて蓄積しやすくなると推定されています。

睡眠とアルツハイマー病の関係を研究しているアメリカのワシントン大学の研究グループによると、睡眠効率が悪い人は最大で5倍以上も初期のアルツハイマー病になる可能性が高いとされています。
一般に、高齢になるほど睡眠の質が低下し、睡眠障害を起こす人が多くなります。また同時に、βアミロイドやタウなどが蓄積しやすくなり、アルツハイマー病を発症するリスクも高くなります。睡眠障害とアルツハイマー病とは、どちらが先に生じるのかはまだ判明していませんが、相乗的な関係にあるものと考えられています。それだけに、最近物忘れが増えたと感じる方は、睡眠不足を解消し、睡眠の質を高めることが大切です。(睡眠の詳細については、バックナンバーのvol.117「中高年らしい良い睡眠とは」をご参照ください)

睡眠についてはもう1つ、昼寝の習慣を持つこともアルツハイマー病の予防に効果的とされています。
従来、適度の昼寝をすると、午後からの仕事や勉強の効率が高まることは知られていましたが、昼寝の習慣はアルツハイマー病の発症リスクを5分の1に下げることが報告されています(※3)。また、アルツハイマー病のリスク遺伝子であるアポリポ蛋白E4遺伝子をもつ人でも、昼寝の習慣によって発症リスクが低減することも指摘されています(※4)。
ただし、昼寝の時間は30分以内が良く、それ以上になると逆効果になるので注意が必要です。明るい部屋で、ソファや椅子に腰かけ、うたた寝するくらいがちょうど良いといえます。会社勤めの方は昼寝がしにくいかもしれませんが、最近は会社ぐるみで昼寝タイム(15分~20分程度)を取り入れているところもあります。オフィスや喫茶店などで、上手に昼寝タイムをつくり、アルツハイマー病の予防を心がけてみましょう。

(※3)国立精神・神経センター武蔵病院(当時)の朝田隆医師による報告。

(※4)アポリポ蛋白E4遺伝子は、βアミロイドの蓄積を助長し、アルツハイマー病の発症を早める遺伝子として知られています。アポリポ蛋白E4遺伝子による発症リスクは、同遺伝子を持たない人の3倍以上になるとされています。

糖尿病や生活習慣にも注意を

アルツハイマー病と糖尿病というと、まったく別の病気と思われる方が多いかもしれません。ところが高血糖状態が続くと、アルツハイマー病を合併しやすいことが、さまざまな研究から判明しています。
たとえば、九州大学が長期間にわたり健康調査を実施している久山町研究によると、糖尿病やその予備軍ともいえる耐糖能異常の人がアルツハイマー病を発症するリスクは、健康な人の4.6倍にものぼります(※5)。高血糖がアルツハイマー病を引き起こす仕組みはまだ確定されていませんが、高血糖による酸化ストレスの増加や、インスリン分解酵素の活性低下によるβアミロイドの蓄積などが指摘されています。
とくに最近の研究からは、インスリンの関与が注目されています。たとえば、高血糖状態が続いてインスリン抵抗性(インスリンの機能低下)が生じると、βアミロイドの蓄積が進み、アルツハイマー病の脳組織に多くみられる老人斑が形成されやすくなります。また、高血糖にともないインスリンが過剰に分泌されると、インスリン分解酵素の機能が低下しやすくなります。インスリン分解酵素には、βアミロイドを分解する働きもあるため、機能低下によりβアミロイドが蓄積され、アルツハイマー病が進展することも指摘されています。
定期健診などで糖尿病やその予備軍と分かった方は、放置せずに受診し、血糖値をコントロールすることがアルツハイマー病の予防につながることを知っておきましょう。

一方、生活習慣でとくに気をつけたいのは、喫煙と過度の飲酒です。喫煙については過去に「喫煙はアルツハイマー病を予防する」との情報がみられましたが、その後の内外の研究から、喫煙はアルツハイマー病だけでなく脳血管性認知症のリスクも高める要因であることが判明しています。とくに喫煙と過度の飲酒習慣が重なった場合、海外の研究報告では脳の認知機能の低下が36%も早まることが指摘されています。
物忘れが多いなどの症状がみられたら、禁煙と節酒を心がけることも、アルツハイマー病の予防につながります。

(※5)久山町研究で対象となった耐糖能異常とは、空腹時血糖値≧115mg/dl、または食後2時間以後の血糖値≧140mg/dl、または随時血糖値≧200mg/dl、または糖尿病の病歴がある人。

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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