vol.27 嚥下(えんげ)障害の予防は日常のトレーニングで

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嚥下(えんげ)障害とは

急いで食事をした時などに、食べ物がのどに詰まったり、むせたりした経験はだれにでもあるはずです。一時的なことなら心配はありませんが、こうした症状がしばしば起こったり、食事のたびに食べ物を飲み込みにくいと感じるようになったら、嚥下障害の可能性があります。
一般に嚥下障害は、高齢者に多い病気だと思われがちです。しかし、50歳前後からは飲み込む力が少しずつ弱くなるため、中高年の人ならだれにでも起こりえます。例えばアメリカのブッシュ大統領は55歳の時、お菓子を気管に詰まらせ、一時意識不明になったと伝えられたことがありました(※1)。食べ物などが食道でなく、気管に入ってしまうことを誤嚥(ごえん)といいますが、これも嚥下障害のひとつです。
気管に食べ物が入った場合でも、若い時にはむせる程度で済みます。ところが中高年になると、咳や痰によって吐き出す力も弱くなっているため、窒息という状態になりかねません。
また誤嚥を起こすと、食べ物などが肺に入り、肺炎を引き起こすこともあります。高齢者の場合、誤嚥性の肺炎を繰り返すと、生命にかかわることも少なくありません。
それだけに嚥下障害は、気が付いたら早めに検査を受けたり、予防策をとるようにすることが大切です。放置していると、次のような弊害があることが知られています。

●嚥下障害による弊害

  • 窒息することがある(家庭内で高齢者が窒息で亡くなる大きな原因が嚥下障害です)
  • 食べる楽しみがなくなる(飲み込みにくいため、食欲がなくなります)
  • 栄養不良になる(飲み込みやすいものばかり食べるようになり、栄養バランスをくずし、体調不良の原因となります)
  • 脱水症状を起こす(むせるのを避けるため飲み物の量が減り、知らないうちに脱水状態になっていることがあります)
  • 肺炎(誤嚥によって細菌が肺に入ると、重症の肺炎を起こすことがあります)

(※1)2002年1月、ブッシュ大統領はテレビを観ながらプレッツェルを食べているとき、気管に詰まらせて意識不明におちいったことが報道されました。プレッツェルはドイツ生まれのパン、あるいはそれを小さくしたひねり菓子で、アメリカでは子どものおやつや大人のスナックとしてよく食べられています。

自分でチェックしてみましょう
次のようなことが増えたら、嚥下障害を疑ってみましょう。

  • 食事中によくむせる
  • 以前はむせなかったのに、時々むせるようになった
  • 食事中や食後によく咳が出る
  • 食べ物がのどにつかえる感じがする
  • 食べ物をお茶や味噌汁などで飲み込むことが多い
  • 食後に声がかれたり、ガラガラ声になる
  • むせやすい食べ物を避けている
  • 飲み込んだ後も、口の中に食べ物が残っている

vol.27 嚥下(えんげ)障害の予防は日常のトレーニングで

注目される脳卒中との関係

嚥下障害の最大の原因は、加齢と考えられてきました。しかしそれだけでなく、嚥下障害の背景にはさまざまな病気が隠れている可能性があることがわかってきました(下表を参照ください)。
中でも最近の研究からとくに注目されているのは、脳卒中(脳梗塞、脳出血など)です。
私たちは毎日、当たり前のように食事をしていますが、これは食べ物がのどに送られると、その信号が脳(大脳基底核)に伝わり、反射的にのどの筋肉を動かす指令が出され、飲み込むという動作を起こすことで成り立っています(※2)。
この時、大脳基底核になんらかの異常があると、信号の伝達がスムーズにいかず、のどの筋肉が円滑に活動しなかったり、飲み込む動作が遅れたりする現象が起こります。すると、うまく飲み込めなかったり、気管に入ってむせるなどの嚥下障害が起こるのです。
脳卒中を起こすと、大脳基底核がダメージを受けることが少なくありません。実際に脳卒中を発症した人には、一時的にせよ嚥下障害を起こす人が多いことからも、それがわかります。
こうしたメカニズムが解明されるにつれ、脳卒中は嚥下障害の最大のリスクであることが指摘されています(※3)。
また、脳卒中で倒れたりするほどではなくても、中高年になると脳では軽い脳梗塞や脳出血がしばしばみられます。それが嚥下障害というサインとなって現れてきている可能性もあります。
そのため嚥下障害がみられたら、大事になる前に脳卒中の検査を受けるようにするクことも大切です。

●加齢以外の嚥下障害の原因

  • 器質的原因
    舌炎、口内炎、歯周病、扁桃炎、咽頭炎、口腔内のがん、食道炎など
  • 機能的原因
    脳卒中、脳腫瘍、頭部のけが、パーキンソン病、筋委縮症など
  • 心因的原因
    神経性食欲不振、神経症、心身症、ストレス性の胃潰瘍や胃炎など

(※2)のどから脳への信号伝達は、サブスタンスPという神経伝達物質が行います。信号を受けると、大脳基底核ではドーパミンという神経伝達物質をつくり、のどの筋肉を動かし、飲み込む動作を起こさせます。高齢になるとのどの感覚が鈍り、サブスタンスPによる脳への信号伝達が遅れることがあります。すると食べ物がのどにきているのに、飲み込む動作が遅れ、うまく飲み込めないといったケースも起こります。

(※3)嚥下障害と脳卒中との関連の程度については、研究者によって見解が異なります。嚥下障害の70%以上は脳卒中によるものとする研究者や、40%程度と少なめに見積もる研究者などがいますが、いずれにせよ嚥下障害の最大の原因と考えられています。

自分でできる予防のトレーニング

嚥下障害が悪化した場合には、手術などの治療方法もあります。しかし、ほとんどのケースはリハビリテーションで改善されます。
また自宅でも日ごろから、次のようなトレーニングをすることで予防や改善ができるので、生活の中に取り入れてみましょう。食事の前に行うと、より効果的です。

1,呼吸のトレーニング

腹式呼吸によって深い呼吸を心がけます。呼吸機能を高めることで、気管に食べ物が入った場合でも排出しやすくなります。腹式呼吸は、まずゆっくり息を吐き出し、最後はお腹をへこませるまで息を出し切ります。そしてゆっくりお腹まで息を入れる感じで吸っていきます。これを繰り返します。
食べ物がのどに詰まったり、むせたりするのは、食べ始めの時にもっとも起こりやすいので、食事の前に腹式呼吸をしてから落ち着いて食べるようにしましょう。

2,発音のトレーニング

パ行(パ、ピ、プ、ぺ、ポ)、ラ行、タ行、カ行、マ行を繰り返し発音します。これらの音を発する時には、食べ物を飲み込む時と同じ器官(口、舌、のどなど)を使うので、器官を鍛えることができます。

3,首や口・舌のトレーニング

首や口・舌の周辺の緊張をとり、リラックスさせることで、飲み込む時の筋肉運動をスムーズにすることができます。

首のトレーニングは、肩の力を抜いて、首をゆっくり前後・左右に動かし、首筋をしっかり伸ばすようにします。口のトレーニングは、ほおをふくらませたり、へこませたりを繰り返します。舌の場合は、思い切り前に出したり、引っ込めたりします。
これらのトレーニングは、食べ物を口に入れずにできるので、自分で安全に行うことができます。回数などは自分の体力などに応じて、無理のない程度にし、毎日続けるようにしましょう。
嚥下障害の症状が進んでいる場合には、病院などに問い合わせ、専門的な治療やリハビリテーションを行っている施設でトレーニングを受けてください。
施設によってトレーニング方法は異なりますが、食べ物を口に入れてうまく飲み込む練習など、より実践的なトレーニングも取り入れられています。

日常生活で心がけたいこと

嚥下障害とその弊害を防ぐためには、食事や衛生面などでも気を付けることがあります。

●食事で気を付けたいこと

  • いすに深く腰掛け、正しい姿勢で食べる
  • テレビを観ながらなどの、「ながら食事」はやめる
  • 急がず、ゆっくり食べる
  • 肉などは小さく切ってから食べる
  • 少量ずつ口に入れ、よく噛む
  • 口の中のものを飲み込んでから、次のものを口に入れる

とくに高齢者の場合、パサパサしたものや噛み切りにくいものほど飲み込むことがむずかしく、また汁気の多いものはむせやすい傾向がみられます。パサつくものには片栗粉やゼリーでとろみを付ける(※4)、噛み切りにくいものはあらかじめ小さく切る、汁気の多いものは少量ずつ盛る…など食べやすくする工夫が大切です。
食事の改善については、病院などで医師や管理栄養士から指導を受けておくようにしましょう。

●口内の衛生に気を付ける

嚥下障害が起こると、きちんと飲み込めないため、口の中に食べカスなどが残りがちです。放置して口内細菌が繁殖すると、歯周病を併発したり、誤嚥によって細菌が肺に入ると、重症の肺炎を起こしやすくなります。
食後は毎回きちんと歯磨きをし、いつも口の中をきれいにしておくことが大切です。

(※4)スーパーなどで売っているインスタントの増粘剤を利用すると、簡単にとろみを付けることができます。同じように柔らかいものでも、こんにゃく類や寒天類は、かえって飲み込みにくいので注意が必要です。

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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