vol.170 「便失禁」の原因と治療を知ろう

健康・医療トピックス

通勤途中、便意を感じて急いでトイレに駆け込んだが間に合わなかった。我慢しきれず下着を汚してしまった……。便失禁(便漏れ)は、たった一度だけの経験でも自尊心が深く傷つきます。排便の悩みは生活の質(QOL)に関わる大きな問題ですが、これまでは疾患として取り上げられることは、ほとんどありませんでした。このような状況が、国内初となる「便失禁診療ガイドライン」(2017年3月発行)の登場によって、変わり始めています。

vol.170 「便失禁」の原因と治療を知ろう

稀な病気ではない便失禁

便失禁は、無意識または自分の意志に反して肛門から便が漏れる症状と定義されています。日本における便失禁の有症率は、65歳以上の約6~8%で、潜在的な患者数は500万人以上に及ぶといわれています。しかし、その8割以上が「恥ずかしい」「誰にも言えない」と考えて、受診していないのが現状です。また、意を決して病院に行こうと思っても「どこに相談したらいいのかわからない」と悩む人も多くいます。

ガイドラインの作成委員を務めた東京山手メディカルセンター大腸肛門病センターの山名哲郎部長は、「便失禁を診療している病院は、全国に数えるほどしかありません。特定の医療機関でなくても、大腸肛門の専門医以外でも、適切に便失禁の診療ができるようにしたいというのが、このガイドラインを作った目的です」と話します。

加齢以外にもさまざまな原因がある 

便失禁は大きく分けると、気づかないうちに便が漏れる「漏出性便失禁」、便意はあるが我慢しきれずに便が漏れてしまう「切迫性便失禁」、漏出性と切迫性の両方が混在する「混合性便失禁」の3つに分類されます。その中で最も多いのは、高齢者の漏出性便失禁です。加齢によって排便に関わる肛門括約筋の機能や直腸の感覚が低下し、便意を感じにくくなることが原因です。

それ以外にも便失禁の原因にはさまざまなものがあり、決して高齢者だけの問題ではありません。まずは原因を知ることが、治療への第一歩です。

◆出産の後遺症

出産時に会陰裂傷を起こすと肛門括約筋(肛門の筋肉)の機能が低下し、出産後、切迫性便失禁になることがあります。また、妊娠・出産による骨盤底筋群(骨盤の底に位置し、排尿や排便をコントロールする筋肉の総称)のダメージも便失禁の原因となります。

◆大腸の手術の後遺症

直腸がんの手術では、肛門括約筋ぎりぎりまで切除することがあります。その影響によって、術後に便失禁を起こすことがあります。

◆痔の手術の後遺症

痔の手術の際に肛門括約筋が損傷することで、便失禁が起きることがあります。

◆脊髄の損傷

事故などで脊髄を損傷すると、便失禁などの排便障害を起こすことがあります。

◆腸の病気

過敏性腸症候群や炎症性腸疾患など、慢性的に下痢を繰り返す腸の病気では、便失禁の症状が現れることがあります。

◆糖尿病、脳梗塞、認知症

これらの病気の影響で、便失禁するケースも少なくありません。

便失禁は治療ができる病気

便失禁の治療では、手術を行わない「内科的治療」と手術を行う「外科的治療」の2種類があります。ほとんどの場合、内科的治療だけでも、ある程度の改善効果が見込めるでしょう。

  1. 薬物治療
    軟便を伴う失禁では、便の中の水分を吸収して、硬さを調整する働きがある「ポリカルボフィルカルシウム」という薬が有効とされています。
  2. 骨盤底筋トレーニング
    骨盤底筋を鍛えることで、便失禁や尿漏れの改善・予防効果が期待できます。
  3. バイオフィードバック(生体自己制御)療法
    モニターを見ながら、肛門括約筋の締め方、力の入れ方を訓練する治療法です。目で見て確認することで、括約筋をどう動かせばいいのかを理解することができます。

外科的な治療で改善することも

内科的治療でよくならない場合は、外科的な治療が必要になります。

  1. 仙骨神経刺激療法
    2014年に保険適用になった新しい手術法です。骨盤にある仙骨の孔に、ペースメーカーに似た小型の電極を埋め込み、刺激を与えることで、神経を活性化させます。治療した8割に効果があり、便失禁の回数が半数に減るといわれています。手術の前に2週間体外から刺激を与えて、効果があった人のみ治療を開始します。
  2. 括約筋形成術
    出産後の後遺症による便失禁では、裂傷した肛門括約筋を縫合する手術が行われます。

症状があったら諦めずに相談を

便失禁の治療は海外では積極的に行われており、外科的な治療も選択されています。しかし、日本では新しい治療が導入されにくく、治療できること自体、あまり知られていないと山名部長は指摘します。「尿失禁は治療できても、便失禁はできないと思っていませんか。便失禁も治療できる、ということを知っていただきたい。もう年だから、しかたがないと諦めないで、症状があったら医療機関に相談してほしいと思います。ガイドラインをきっかけに、まずはそこを変えていきたいのです」。

監修 東京山手メディカルセンター 大腸肛門病センター部長 山名 哲郎先生

(参考)
『大腸・肛門の病気について』日本大腸肛門病学会
https://www.coloproctology.gr.jp/modules/citizen/index.php?content_id=18
『便失禁』川崎胃腸科肛門科病院
https://www.kawahp.net/ben_shikkin.html

更新日:2021.02.26

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