vol.109 「NASH」の発症リスクを高める歯周病

健康・医療トピックス
リンゴやナッツ類など歯ごたえのある食べ物を、しっかり噛んで食べられるでしょうか? 歯茎から出血してよく噛めないというのは、歯茎が弱くなっている証拠。歯周病の可能性が高いと言えます。
日本人の成人の約8割がかかっている歯周病。歯を失う最大の原因ですが、心臓病、心筋梗塞動脈硬化など全身の病気にもかかわることが知られています。糖尿病では歯周病は第6の合併症といわれ、慢性腎臓病との関連も指摘されているなか、新たに脂肪性肝疾患の重症型である「NASH」(非アルコール性脂肪肝炎)の発症にも関与していることがわかってきました。

この研究は、横浜市立大学附属病院消化器内科の中島淳教授らによるもの。歯周病菌が全身の病気の発症にどのようにかかわっているのかを知るため、NASHの患者の口腔内の唾液を採取して歯周病菌の保菌率が調べられました。その結果、NASHの患者は健常な人に比べて歯周病菌の中でも悪玉菌である「P.ギンギバリス」の保菌率が高く、5割にも及ぶことがわかりました。さらに、悪玉菌が見つかったNASHの患者に歯周病の治療をしてもらったところ、肝臓に含まれる酵素で、肝細胞が何らかの原因で壊され血液中に漏れ出ていると高値を示すALTとASTの数値が改善。NASHの発症に歯周病菌がかかわっていることが明らかになったのです。研究成果はイギリスの医学雑誌「BMC Gastroenterology」にも発表されました。
vol.109 「NASH」の発症リスクを高める歯周病

歯周病菌とNASHの関係

歯周病は、歯垢(プラーク)の中にいる歯周病菌が歯茎に炎症を起こし、歯の周囲の組織を壊していく感染症です。一方、NASHは、お酒を飲まないのに肝臓に脂肪が蓄積し、脂肪肝から慢性肝炎、肝硬変、肝がんに進展していく病気です。歯周病菌がNASHにどのようにかかわっているかは、「炎症」という反応が鍵を握っています。
体内に細菌が侵入すると免疫が働いて炎症を起こし、退治しようとします。このとき、放出されるのがTNF-αなどの生理活性物質です。動脈硬化や糖尿病はこれが刺激となって病状が促進されるのです。また、体内に侵入した細菌のほとんどは退治されますが、悪玉の歯周病菌は体内で数時間から10時間も生き残ることがわかっています。血液中に残った悪玉の歯周病菌が脂肪の多い肝臓に到着すると炎症が起こります。これが新たな刺激となって、NASHの病状が進展していくと考えられています。

NASHは飽食の時代に増えてきた現代病

NASHは、いまから20年ほど前までは、治療の対象となる病気とは考えられていませんでした。一躍注目されるようになったのは、アメリカで飲酒歴のない修道院の女性が脂肪肝から肝臓がんになり、報告されたことがきっかけでした。
現在、日本における非アルコール性の脂肪性肝疾患は増加しており、肝臓に脂肪が蓄積した単純性脂肪肝とNASHを合わせた患者数は1500万人。そのうちNASHに進展する割合は、300万人と推測されています。NASHは飽食の現代に増えてきた生活習慣病。肥満が大きな原因です。この病気が怖いのは自覚症状がないまま20年、30年という時間をかけて肝硬変から肝がんに進行し、さらに糖尿病と同じように心筋梗塞や脳梗塞を合併して死亡するリスクが高いことです。歯周病との関連も視野に入れて積極的に予防する時代になってきています。

歯周病の人の歯磨きは、要注意

NASHを防ぐには、食べ過ぎないこと。運動をして太らないことが基本です。そして、歯周病にならないための予防も重要です。歯周病は、歯磨きをしていれば大丈夫と思っている方が多いと思います。歯磨きは虫歯の予防には有効ですが、歯周病の人の歯磨きは、要注意です。まめな歯磨きは、弱った歯茎をかえって傷つけ、血液中に歯周病菌をばらまくことになるからです。歯茎の面積は、両方の手のひらを合わせたくらいの広さがあります。歯周病の人は自己流で続ける歯磨きより、歯科で適切な治療を受けることが大事です。
また、内科と歯科は連携していないため、歯周病との関連は自分で意識しないと気づきにくいものです。歯周病菌には、善玉菌から悪玉菌までいろいろなタイプがあり、P.ギンギバリスのような悪玉菌が歯周病を進行させ、全身の病気に深くかかわっています。ですから、歯科で歯周病菌の検査(PCR法)を受けて、自分の歯周病菌のタイプを知っておくことも重要でしょう。この検査は保険の適用外ですが、唾液を採取するだけで悪玉菌の有無と数が調べられます。
歯茎は全身の血液へとつながる入口。清潔にしてバリア機能を高めておくことは、噛む機能を維持するとともに、心臓病や糖尿病、NASHの発症予防になり、全身の病気のリスクを減らしてくれます。

監修 横浜市立大学附属病院 消化器内科教授・内視鏡センター長 中島 淳先生

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