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高血圧ドクターインタビュー

第十一回 大阪編大阪大学大学院 医学系研究科 老年・総合内科学
教授 楽木宏実先生

大都市「大阪」の抱える健康問題とは

何事も笑いに変えられるポジティブさ

大阪は、「お笑いの街」と表現されることが多いように、私が感じる一番の府民性もやはり「何があっても笑いに変えて、次に進んでいけるポジティブさ」ですね。大阪府民にとっての「笑い」は、社会を構成する重要要素であり、前を向いて進んでいくための原動力でもあります。
私は、元々は北陸地方の生まれなのですが、大学進学を機に大阪に移り住んで以来、この土地が気に入り、根を下ろし、もう40年以上が経ちました。大阪は人も温かく、人間味にあふれ、本当に住みやすい場所だと感じます。ただ、40年経っても生粋の大阪人にはほど遠いです。特に「しゃべり」は全くダメです。大阪には大阪弁という独特のしゃべり方やテンポがありますが、話の最後に必ず「オチ」をつけるというのが大きな特徴のように思います。会話の際に、「オチ」もなく普通に話を終えてしまうと、「で? オチは?」とつっこまれるか、「何なん、おもろない(面白くない)」と言われてしまいます(笑)。ここでいう「オチ」は、笑いとは異なります。話に「オチ」をつけることで会話にゆとりが生じ、相手との間に共感が生まれるという、独特な言語文化だと感じます。

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都市部の抱える経済格差と医療格差

大阪は「商人の街」といわれます。県内総生産(県内GDP)のランキング1)は東京都、愛知県に次いで全国3位ですし、上場企業数2)も東京に次いで第2位です(いずれも2019年6月現在)。また、大阪の印象として、「商売っ気が強い」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。「大阪人は値切り上手でお金に対してシビア」とよくいわれますが、実際に、「それなんぼ?」というように、お金に関する話を躊躇(ちゅうちょ)なくうまく切り出せるのは、大阪に暮らすことで培われる商売感覚なのだと思います。ただ、経済指標だけを見て大阪府全体が経済的に豊かであるかというと、それは違います。東京にも、ニューヨークにも当てはまりますが、大都市には経済格差が存在します。高収入の職業に就いているスペシャリストもいれば、日々厳しい生活を余儀なくされている方もいらっしゃいます。地域によって産業構造も異なります。大阪府という一括りではなく、様々な人が集う「商人の街」なのだと思います。
経済格差に加え、健康格差の問題もあります。大阪人の健康意識は十分に高いと思います。しかし、行動に起こすか、起さないか。それが肝心なのです。例えば、不調があっても病院に行かない人がたくさんいます。大阪府は、他県に比べ、平均寿命3)も健康寿命4)も短いというランキングデータがあります(【平均寿命】男性38位、女性38位 【健康寿命】男性39位、女性34位)。何らかの理由で病院に行かない(指導や治療を受けない)人の割合が高く、この平均寿命や健康寿命の短さに現れてきているのかもしれません。そういった受療行動※意識の低い人たちをどうケアしていくべきか、これからの大阪府民の健康格差を考えていく上での大きな課題だと感じています。

※受療行動:身体の不調を感じた際に医療機関を受診すること

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「笑い」を取り入れた健康寿命延伸のための取り組み

現在、大阪府では健康寿命を延ばすための取り組みとして、『健活10』(10の健康づくり)5)という活動を行っているそうです。一人ひとりの健康意識を高め、生活習慣の改善に取り組んでいくことを目的とした取り組みですが、「笑い」を府民の健康づくりにもうまく取り入れるところが大阪らしいですよね。「『笑い』は健康に良い」というのは様々な研究で確かめられており、「笑う」という行為は、身体的にも心理的にも健康長寿に良い影響を与えるといわれています。
「『笑い』の文化のおかげで、大阪人はストレスを感じることが少ないのではないか」と思う人もいるようですが、ストレスというものはそんな単純なものではありません。大阪人であっても、他県の人と同じように当然ストレスは感じます。人間関係や仕事に関する「精神的なストレス」だけでなく、「肉体的なストレス」もありますし、現代社会は様々なストレスであふれています。「笑い」は、これら全てのストレスを一気に解消できるようなものではなく、社会的ストレスを少しでも減らすための「文化としてのユーモア」といえるかもしれません。

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健康は自己責任ではなく、国の問題として捉えるべき

大阪に限ったことではないと思いますが、都市部には忙しく働く人が多く、自分の健康よりも働くことの方を優先してしまう人が結構いらっしゃいます。そういった人達の健康をどうケアしていくべきか、これは難しい問題です。この点については、各企業が意識を変えて取り組んでいくべきだと思います。健康診断や各種の検診などで、「異常値が出た社員のフォローアップをどこまで企業側でできるか」が重要になってきます。社員の健康に対してフォローを行わない企業は減点対象とするなど、企業に対し、ある程度強制的に義務化していかないと変わっていかないかもしれません。
また、会社に所属しないいわゆる自由業の方達の健康は、別途行政が考えていく必要があります。減塩や健診率を高めるアプローチ等をより一層強化することに加え、健康行動を促し、受療行動を勧める指標や仕組みをしっかり作っていくことが大切だと思います。例えば、血圧計を全てのスーパーマーケットに設置し、「買い物ついで」にいつでも気軽に血圧を測れる環境を作るというのも一つの方法でしょう。実際にやり始めている自治体もあると聞いていますが、そういった一般市民の健康増進に対し、行政がしっかり補助金を付けてでも取り組んでいくべきではないでしょうか。血圧測定は、個人でできる気軽な健康管理方法として最適ですから、「血圧を測りたいときに測れる環境」を日常生活の身近なシーンに作り、「異常値が出たら病院に行きましょう」という意識作りを行うところから、まずは始めていく必要があります。
「健康は自己責任」と言っている間は、国の社会保障費抑制に向かわないように思います。自己責任と突き放すのではなく、「健康は国の責任だ」と捉え、日本全体で対応していくべきものだと思います。今こそ、国が主導力を発揮し、日本国民全体の健康意識を大きく変えていく必要があるのではないでしょうか。

大阪府が日本を代表する健康最先端のモデルケースになれる日は来るか

行政主導でできることはまだまだあります。若い世代への健康教育や、全年齢層に向けた栄養指導や運動指導などです。すでに健康知識として浸透していると思われているようなことであっても、しっかり根気強く正確に伝えていくことが大切です。「人の嗜好(しこう)や生活習慣にまで口を出すべきではない」という人もいるでしょうが、食習慣でいうと、過剰な塩分や糖分摂取を減らすことが健康づくりに有効なことは明らかですから、産業界を巻き込んででも取り組むべきことだと思います。
将来的に、「大阪府が本気で府民の健康問題に取り組んだらこうなりました」という話ができるようになりたいものです。府民の健康を保持するような社会的な取り組みによって、「死亡率が低下した」、「健康寿命がこれだけ延びた」など、目に見える結果とともに、アピールできるようになれればと思います。2025年に大阪万博が開催される予定です。さすがに「万博までに」となると時間がなく難しいかもしれませんが、それまでに何か国内外にアピールできる材料が揃うのが理想ですね。大阪万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」なので、医療や健康の最先端の取り組みをアピールするには「もってこい」のタイミングだと思いませんか?

参考

1) 内閣府「平成27年度県民経済計算」
2) 中小企業庁「都道府県・大都市別企業数、常用雇用者数、従業者数」
3) 厚生労働省「都道府県別生命表」
4) 厚生労働省「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会 資料」
5) 大阪府「健活10」

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