vol.138 大学病院に開設された「女性アスリート専門外来」
2014年10月、東京と千葉の順天堂大学附属病院に国内初となる「女性アスリート専門外来」が開設されました。婦人科と整形外科の医師が連携して診療にあたり、食生活のアドバイスや栄養指導も同時に行われています。女子長距離ランナーを対象にした調査によると、ほとんどの人で月経が止まった経験があり、それを医師に相談していない現状が明らかになっています。体に問題を抱えながら医療機関を受診せず、激しいトレーニングを続ける女性アスリートたち。健康を支える新たな取り組みが動き出しています。

アスリートの健康を支える3つのキーワード
女性アスリートには、陥りやすい3つの障害があるといわれています。1つは「エネル
ギー(栄養)不足」、2つ目は「月経」、3つ目が「骨」です。
食事から十分にエネルギーが摂取されていると正常に月経がきて、運動に耐えられる骨密度も形成されます。これが一般的に健康な状態です。しかし、激しいトレーニングや、体重制限のため食事を減らして栄養が不足すると月経不順を起こし、さらに進んで無月経になると骨密度が低下。疲労骨折や骨粗鬆症を発症することがあります。女性アスリートの健康を研究している順天堂大学女性スポーツ研究センター副センター長の鯉川なつえ准教授は、「2002年に実業団に所属する女性ランナー64人を対象にした調査では、83%が無月経を経験しており、無月経時の平均年齢は17.6歳でした。そのうち疲労骨折をした人の平均年齢は19.1歳。つまり、無月経から1年半後に疲労骨折していることになります。無月経は疲労骨折のシグナル。見落とさないことが大事。サポートすることで疲労骨折は防げるのです」と話します。
月経に関する調査では、小学生でまだ月経がきていない人が、1年以上激しい運動を行うと初潮が5か月遅れることがわかっています。一般女子の初潮の平均年齢は12歳。それに対して、ジュニアのアスリートの平均年齢は13.3歳。鯉川准教授は「一般的には、身長が最も伸びる年齢は10~12歳。その1年後に初潮がくるわけですが、この時期の栄養状態が悪いと体重が増えません。体重が増えなければ、伸びなければいけない時期に身長が伸びないので初潮がこないということが起こります。そのため、まずは食生活がとても大事です」と強調します。
「我慢強さ」は、気をつけたい落とし穴
月経のトラブルは女性にとって身近ですが、「トップアスリートは我慢強く、きつい練習を耐えるようにつらい痛みも耐え抜いてしまう。そこが問題」と鯉川准教授は指摘します。月経周期とコンディションの関係では、月経中と月経1週間前が最も体調が悪いことがわかっています。サッカー選手ではシュートが入らなかったり、接触によるケガが増えたりするとされています。女性アスリートにとって、月経の悩みは不安やストレスを招きます。競技当日の精神的な負担も大きいため、女性アスリート専門外来では無月経の治療だけでなく、月経周期とコンディションの調整、月経が頻回にある場合は貧血対策なども視野に入れて診療や指導を行っているということです。
研究からわかってきた「トップアスリートの条件」
ところで、妊娠出産は人生のターニングポイント。女性アスリートは、出産前後をどのように乗り越えて復帰するのか。鯉川准教授は、マラソンランナーを対象に興味深い研究をしています。出産後、国際大会で結果を出した人と出せなかった人にインタビュー調査をし、比較したのです。その結果、浮かび上がってきたトップアスリートの特長をご紹介します。
出産後、何か月で体重が戻ったかの質問では、結果を出した人は5.2か月。そうでない人は22か月と、2年近くかかっていました。妊娠中、いつまでトレーニングをしたかでは、結果を出した人は出産1日前。そうでない人は210日前と、妊娠3か月以降はトレーニングをしていませんでした。出産後、いつ復帰したかでは、結果を出した人は50.9日、そうでない人は163日。約3倍の差がありました。
また、通常のトレーニングの強度を100%として出産前後を調べてみると、結果を出した人が行っていたトレーニング強度は妊娠初期74.2%、妊娠中期68%、妊娠後期48%。出産後1か月では15%、2~3か月後は60%。3~6か月後は80%まで戻っていました。「さらに驚いたのは、出産前後は医師の指導やアドバイスを受けてトレーニングをしていると思ったら、誰一人相談していなかった。自分で調整していたのです。つまり、自分の体をわかっている人が、長期間、強く、競技が続けられるのです」(鯉川准教授)。
不調を放置せず、セルフケアの実力をつけよう
トレーニングだけでは強くなれません。体の声を聞きながら自分で微調整できることがトップになれる条件の一つといえそうです。月経の不調は体からの重要なシグナル。3か月以上月経がない場合は、続発性無月経という病気の可能性があります。無月経をそのままにしていると、結果を出す前にケガや骨折を招いて到底目標にはたどりつけません。月経のトラブルをいつものことと放置しないで、気づいたら早めに診察を受けることが大切です。
監修 順天堂大学スポーツ健康科学部准教授・女性スポーツ研究センター 副センター長 鯉川 なつえ先生
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