今までの概念を打ち破ることで革新は生まれる ―ウェアラブル血圧計の開発―

腕時計サイズで医療精度を実現したウェアラブル血圧計「HeartGuide®」。
いつでもどこでも、血圧が気になる時に測定できる。朝晩の血圧に加えて日中の血圧変動を把握することで、より個人に適した血圧管理を実現したい。私たちは脳・心血管疾患の発症ゼロ(ゼロイベント)実現を目指し、革新的な血圧計の開発を続けています。

なぜ、ウェアラブル血圧計だったのか

高血圧の恐ろしさは、ほとんど自覚症状がないまま進行していく点にあります。心臓や血管に大きな負荷がかかり続けることで、動脈硬化が少しずつ進んでいき、脳卒中や心不全など、脳・心血管疾患を引き起こす原因となります。
それに加え、近年の研究では「日中の大きな血圧変動は脳・心血管疾患の発症リスクを高める」ともいわれています。血圧は常に変化し、その血圧変動のリズムは一人ひとり異なります。また、日中の血圧変動には、職場や家庭でのストレス、食事や運動といった普段の生活習慣が大きく影響します。
私たちは、この日中の血圧変動を正しく捉えることによって、個人に適正化された、より効果的な高血圧治療を実現していきたいと考えました。

しかし、従来の血圧計では、日中に時間や場所を気にせず測定することは困難です。なぜなら、従来の血圧計は手軽に持ち歩くことを前提に作られていないからです。
時間や場所を気にすることなく血圧を手軽に測るためには、常に身につけ、どこでも使用できるものであることが重要だと考えました。さらに、ユーザーインタビューの結果から見えてきたのは、「血圧計を身につけていると思われたくない」という強いユーザーのニーズでした。そこで私たちが導き出した開発の方向性は、「手軽さ」と「常時装着」を兼ね備えた、医療機器に見えない「腕時計型」の血圧計でした。

私たちは、脳・心血管疾患の発症をゼロにする「ゼロイベント」を循環器事業の事業ビジョンに掲げ、商品・サービスの開発だけでなく、高血圧治療に関する臨床研究にも取り組んできました。この「ゼロイベント」の実現への強い想いを胸に、ウェアラブル血圧計開発への大きなチャレンジを始めたのです。

譲れない精度へのこだわり

私たちがこだわったのは、「医療精度の実現」です。
世の中にある腕時計型デバイスの多くは、血圧推定器であって血圧計ではありません。私たちが目指したのは、「医療精度を実現した世界最小の血圧計」でした。
そこで、測定方式には医療機器である血圧計に使われている「オシロメトリック法※」を採用しました。通常の血圧計の測定方式を変えずに腕時計サイズのデバイスを実現する。たとえ小型化へのハードルは高くとも、一切妥協しない製品を開発しようと決め、大きな難題に挑みました。そこにあったのは、40年以上、ユーザビリティと医療精度にこだわり家庭向け血圧計の開発をおこなってきた、私たちの強いこだわりでした。

オシロメトリック法:病院の自動血圧計や家庭用血圧計に広く使用されている血圧測定方法。カフ(空気袋)で上腕や手首を圧迫して動脈を閉塞した後、徐々に圧力を下げていく過程で、カフが動脈を押す圧力と動脈内の血圧の脈動との関係で生じるカフ内圧の微小な圧力振動を検出し、振動の大きさとカフ内圧との関係から血圧を測定する原理。

無謀ともいえる挑戦

常時装着するためには、腕や手首に巻き付けて血管を圧迫するための空気袋(カフ)の幅を狭くすることが不可欠です。目指したカフ幅は25mm。現行の手首式血圧計の半分以下を目指すという、無謀ともいえる挑戦でした。 このカフ幅25mmへの挑戦は、今までのカフ構造を応用するだけでは実現できず、全く新しい技術開発をゼロからおこなう必要がありました。同時に、腕時計サイズを実現するためには、本体サイズを1/3にまで小型化しなければいけませんでした。そこで、使用する部品(圧力センサ、ポンプ、弁など)の小型化にもチャレンジしました。

既成概念を打破する発想の転換、そして革新へ

開発には、乗り越えなければならない多くの壁がありました。
従来の手首式血圧計では、手首を圧迫して動脈を閉塞する役目と、血圧をセンシングする(減圧し血液が流れる際の脈振動を計測する)役目の2つを1つのカフが担っていました。
また、使用している部品や材料、コストなどの制約条件もあり、「カフ幅を52mm以下にすることはできない」というのが血圧計の開発における既成概念でした。この壁を乗り越えるには、全く新しい発想への転換が必要でした。

まず直面したのは、「均一圧迫の壁」でした。
血圧を正しく測るためには、動脈を均一に圧迫し、しっかりと閉塞する必要があります。しかしカフは空気を入れると風船状に膨らむため、幅の狭いカフの場合には、動脈を圧迫する面積が狭くなり均一に圧迫ができず、測定精度が上がりません。

私たちはこの課題をカフ構造の改良で解決しようとしました。従来のデバイスが、1つのカフで動脈を圧迫していたものを、機能別に「動脈を押圧するカフ(押圧カフ)」と「脈振動を検出するカフ(センシングカフ)」の2つのカフ構造(ダブルカフ構造)に変更し、幅の狭いカフでも均一的に強い圧力をかけられるようにしました(図1)。

【図1 ダブルカフ構造】

しかし、まだ課題は残ります。
カフで手首全体を圧迫すると、皮膚の一部にしわが寄り正しい圧力を検出することが難しくなります。私たちは、試行錯誤を重ねて空気袋の位置やしわの発生を防ぐ最適な構造を導き出しました。
最終的に私たちは、3つのカフを用いた「トリプルカフ構造」にたどり着きました(図2)。これは、これまで1つのカフで行っていた役割をそれぞれ3つの独立したカフで行い小型化を実現するという、大きな発想の転換でした。

【図2 トリプルカフ構造の断面図】

このように、「カフは1つ」という固定観念から脱することで、「医療精度を実現した世界最小の血圧計」の開発に成功しました。そして、世界で初めて※のウェアラブル血圧計を実現したのです。
※自社調べ

ウェアラブル血圧計「HeartGuide」

ウェアラブル血圧計で実現する高血圧治療の未来

私たちの挑戦は、まだまだ続いています。
高血圧を原因とした脳・心血管疾患は依然として高い確率で発症しています。私たちは、今まで捉えることができなかった「日中の血圧変動」に着目し、医療機関とも協力し合いながら研究・開発を続けていきます。ウェアラブル血圧計「HeartGuide」は高血圧治療の未来への第一歩に過ぎません。「ゼロイベント」の実現を目指し、これからも新たな技術開発へ挑戦していきます。

HeartGuideの開発者たち(2019年撮影)
<関連リンク>
●HeartGuide特設サイト https://www.healthcare.omron.co.jp/sp/hcr-6900t/
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