vol.155 夏に注意したい感染症

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毎年夏になると増えるのが、蚊などが媒介する感染症です。2016年1月から4月にかけて報道された「ジカ熱が南米を中心に流行中」というニュースを覚えている人も多いでしょう。これも蚊が媒介する感染症です。そのほか、海外旅行時に注意が必要な感染症などとともに、対策を含めてお伝えします。

vol.155 夏に注意したい感染症

ジカ熱は、ほかの病気との関連が問題視されている

2016年、南米を中心にジカウイルス感染症(ジカ熱)が流行しています。主な感染経路はネッタイシマカ、ヒトスジシマカというヤブカ属の蚊です。潜伏期間は2~12日(多くは2~7日)とされています。症状自体は軽度の発熱(38.5度以下)や頭痛、関節痛、筋肉痛、疲労感などで、血小板減少などが見られることはありますが、同じく蚊が媒介するデング熱、チクングニア熱といったほかの感染症より軽症だといわれています※1。また、感染しても約8割の人は症状が現れないというのも特徴です。
それなのになぜ、ジカ熱が恐れられているかというと、ほかの重大な病気と関係があるからです。

まず、妊娠中にジカウイルスに感染すると、生まれてくる子どもが小頭症になるリスクがあります。小頭症は、脳の発達が不十分で、知的障害などを引き起こす恐れがあるほか、聴力や視力にも障害を起こすことがあります。ブラジルでは、出産後間もなく死亡した小頭症の新生児の血液や組織から、ジカウイルスが検出されています。
また、ジカウイルス感染とギラン・バレー症候群についても関連があるとされています。ギラン・バレー症候群は、ウイルスや細菌による感染をきっかけに起こることが多く、手足のしびれや麻痺、筋力低下が現れます。重度の場合は完全四肢麻痺となってしまい、車いすの生活を余儀なくされることがあります。呼吸筋が麻痺すると、人工呼吸管理が必要となる場合もあります。日本での死亡率は1%程度ですが、欧米では4~15%が死亡するとされているのです※2。

ブラジルでは2015年10月22日から2016年4月2日までに、小頭症の疑いのある胎児または新生児が6906例(そのうち死亡は227例)報告されています。この数値は、2001年から2014年の間、年平均の小頭症患者が163例と記録されているのに比べると、いかに増えているかがわかります。
また、フランス領ポリネシアでは、2013年10月から2014年4月にかけてジカ熱が流行しましたが、その期間中に、42人がギラン・バレー症候群で入院しました。この数字は、過去4年間に同地域で発生したギラン・バレー症候群の患者数と比べて、20倍に増加したことを示しています。その42人において、全員からジカウイルスの感染が確認されているのです※3。
以前から妊娠中のジカウイルス感染と小頭症の新生児が生まれてくることとの関連が疑われていましたが、今では「妊娠中にジカウイルスに感染したことが、小頭症や脳の障害などを持つ新生児が生まれる原因になっている」と結論づけられています。これはアメリカCDC(疾病対策センター)が2016年4月13日付の医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表した論文で明らかにしたものです。また、それより前の2016年2月にフランス領ポリネシアで行われた症例対象研究で、ジカウイルス感染とギラン・バレー症候群との関連が明らかになったとされています。

リオデジャネイロ五輪を観戦するために、ブラジルへ渡航する日本人が大幅に増えると考えられます。開催されるとき、現地は冬。蚊の活動が最も少なくなるため、ジカウイルス感染のリスクが最少になるとされていますが、油断は禁物です。例えば、サッカー日本代表が2試合を行う都市マナウスはブラジル北部の熱帯地域にあり、8月の平均最高気温は32度以上。リオデジャネイロでも8月の平均最高気温は25度以上なのです。それ以外にも航空機や船舶によって、ほかの地域からリオデジャネイロまで蚊が運ばれてくることもありえます。
さらに、以前は蚊による媒介で感染するとされていましたが、現在では性交渉によっても感染すると考えられていたり、輸血による感染も疑われています。実際、ジカウイルス感染者の精液からウイルス遺伝子が検出されているほか、ブラジルの研究所は唾液と尿からジカウイルスが検出されたことを報告しています。また、血液からジカウイルス遺伝子が検出された報告もあるのです。「唾液や尿からは人に感染するとまでは結論づけられない」とされていますが、ブラジルでは他人とコップや食器を共用しないよう勧告されているのも事実です。

2016年3月末時点の日本国内では、2013年にフランス領ポリネシア、ボラボラ島に滞在していた人が感染していた例をはじめ、合計7例が確認されています。そのすべてが、海外で感染して日本に運ばれた輸入感染です。そのため、輸入感染が国内発生につながることを防ぐべく、流行地から帰国した人は症状の有無にかかわらず、帰国してから2週間程度は蚊に刺されないよう対策を施すように推奨されています。また、帰国してから4週間以内の献血を自粛するようにも勧められています。さらに、妊婦や妊娠の可能性のある人がジカ熱流行地域へ渡航することを控えるよう、呼びかけています。

※1国立感染症研究所「ジカウイルス感染症のリスクアセスメント 第5版」より

※2日本神経学会「ギラン・バレー症候群 臨床的事項」より

※3国立感染症研究所「ジカウイルス感染症の発生状況」より

蚊はワニやサメ、ライオンより人間に脅威を与える

人間の生命に脅威を与えるのは、ワニやサメ、ライオンといった動物ではなく、「蚊」だといわれています。その理由の一つが、蚊が媒介する感染症、マラリアです。世界保健機関(WHO)の推計によると、マラリアには世界で2億人以上が感染し、200万人が死亡しています。世界で最も多く発症するといわれる感染症をもたらしているのが蚊なのです。

マラリアは亜熱帯、熱帯地方を中心とした感染症で、ハマダラカが媒介します。
温暖化傾向にあっても、日本ではマラリアを媒介するハマダラカの生息地域が拡大していたり、生息数が増加している様子が見られないため、国内でマラリアが流行するリスクは少ないとされています。しかし、空港の近辺で、マラリア流行地域に旅行した経験のない人がマラリアを発症したケース(エアポート・マラリアとも呼ばれます)もあります。

2013年に海外から到着する航空機2334機を調査したところ、西ナイル熱を媒介するネッタイイエカが32機から79匹、アカイエカが20機から61匹などが見つかったと報告されています。このときにはハマダラカは含まれていませんでしたが、航空機以外に港と空港周辺の1km四方で行われた調査では、マラリアを媒介する疑いのあるエセシナハマダラカとシナハマダラカの生息が、旭川空港や気仙沼港、成田国際空港、関西国際空港など10の港と空港周辺で確認されたと報告されています※。
港や空港近辺で確認されたということは、これらの種類の蚊が船舶や航空機で日本に輸入されてしまったと考えられます。もちろん検疫所を中心に対策が取られていますが、私たちも十分に気をつけなければなりません。

蚊が媒介する病気で、日本でも流行した感染症の一つにデング熱があります。
デング熱は3~5日(3~15日の場合も)の潜伏期間を経て、38~40度の高熱に加えて頭痛、筋肉痛、発疹などの症状が起こります。自然に治癒することが多いのですが、5%程度はデング出血熱となって重症化することがあります。というのもデング熱のウイルスには4種類のタイプがあり、最初に感染したときにはめったに重症化しないのですが、次に別のウイルスに感染したときには重症化する確率が増えてしまうからです。その理由は、免疫反応が過剰に起こってしまうからではないかと考えられています。
デング熱は2014年に国内で感染者が162例(輸入感染は179例で合計341例)発生し、公園を中心に蚊の個体を捕捉して調査したり、殺虫剤の噴霧が徹底して行われたことは記憶に新しいでしょう。2015年には国内発生は見られなかったため、蚊の対策がいかに有効だったかを示すこととなりました。しかしこの年、輸入感染は292例。輸入感染例だけをみると、前年より大幅に増えてしまっているのです。

デング熱を媒介するのは東南アジアや太平洋諸島に分布する蚊で、ジカ熱を媒介する蚊と同じネッタイシマカとヒトスジシマカとされています。世界で年間数十万人の感染者が発生しており、ブラジルでも広範囲にみられます。しかし、リオ五輪の時期は冬のため、蚊の活動も少ないと考えられています。
2015年のデング熱輸入感染例の主な渡航先はフィリピン、インドネシア、マレーシア、タイです。これらの東南アジアの国々に加え、2015年末から2016年にかけてはハワイや台湾、ウルグアイ、エジプトでデング熱が流行していると警告されています。
デング熱に関しては海外で感染した人が日本国内で蚊に刺され、その蚊がほかの人を刺すことで感染が広がったものと考えられていますが、ジカ熱でも同じことがないとは限りません。特にジカ熱の場合は、本人が症状を感じなくても感染している場合があるため、厄介なのです。幸いなことに南半球と日本のある北半球では季節が逆になり、同じ時期に蚊の活動が盛んになることはありません。しかし、一度ジカ熱の輸入感染が起こってしまうと、ヒトスジシマカの多い日本で2014年のデング熱のような流行が起こらないとは言い切れません。また、ジカ熱に関してはまだわかっていないことが多いため、一層の注意が必要です。

※厚生労働省医薬食品局食品安全部企画情報課検疫所業務管理室/成田空港検疫所「検疫所ベクターサーベイランスデータ報告書」(2014年6月) より

気になる感染症の“今”

一時期、致死率が50%を超えたことから、海外での流行がたびたびメディアに取り上げられたのがエボラウイルス病です。エボラ出血熱ともいわれる病気ですが、出血を伴わない場合もあるため、エボラウイルス病と呼ばれることが多くなりました。
エボラウイルス病は、感染した人間や動物の体液と直接接触した場合に感染する危険が生じます。症状は突然の発熱、強い脱力感、筋肉痛、頭痛に始まり嘔吐や下痢、発疹、肝機能や腎機能の異常が見られ、さらに悪化すると出血を伴います。主な流行地は西アフリカ諸国で、集団発生した場合の致死率は90%になるケースもあり、WHOでは流行国などにさらなる対応の強化を求めていました。
そうしたさまざまな対策が功を奏したためもあって、2016年3月29日に開かれた国際保健規則緊急委員会で「西アフリカのエボラ出血熱の感染流行はもはや国際的な懸念に対する公衆衛生上の緊急事態にはない」との宣言が出されています。

2012年に初めて確認された中東呼吸器症候群(MERS:Middle East Respiratory Syndrome)もウイルス性の感染症です。MERSコロナウイルスがどのように感染するのかは解明されていませんが、中東のヒトコブラクダがそのウイルスを保有しており、咳やくしゃみによる飛沫感染や接触感染が原因と考えられています。
主な症状は発熱、咳、息切れなどで、下痢などを伴うこともあります。中東地域でMERSと確定された人の死亡率は約40%ですが、そのうち約90%は糖尿病や慢性肺疾患、免疫不全といった基礎疾患がある人でした。なお2016年3月末時点で、日本での感染者は確認されていません。
また、2002~2003年に原因不明とされた急性肺炎がアジアを中心として発生したことがあります。重症急性呼吸器症候群(SARS:Severe Acute Respiratory Syndrome)と名付けられた感染症で、8098人がSARSと診断され、774人が死亡したため恐れられました。この病気の原因もコロナウイルスでしたが、SARSとMERSはまったく異なる病気です。ちなみに2004年以降はSARSの発生は見られていません。
しかし流行のピークを過ぎていたり、現時点で感染例がない疾病とはいえ、これらの感染症が根絶されたわけではありません。海外旅行をする際などには、感染症流行地域をチェックするなどの確認が必要です。

日本国内で注意したいのが、マダニに咬まれることで感染する「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」、通称「マダニ感染症」です。2013年に初めて山口県でSFTS感染者が確認されて以降、愛媛県と宮崎県でも報告され、2015年には京都で確認されるなど、広がりを見せています。
SFTSウイルスに感染すると6日~2週間の潜伏期間を経て、発熱、消化器症状(食欲低下、嘔吐、下痢、腹痛など)が見られ頭痛、筋肉痛、意識障害や失語などの神経症状、リンパ節腫脹、皮下出血や下血などの出血症状を起こします。さらに白血球減少、血小板減少などが起こることもあり、致死率は6.3~30%とされています。
2016年3月30日時点における患者の報告数は172例、そのうち死亡が46例となっており、西日本を中心とした20府県で発生しています。5月~8月の発症例が多く、172例のうち約88%が60歳以上です※。
マダニの多くは森林や草むら、畑に生息しているため、こういった場所に入る場合は肌の露出を控えるなどの注意が必要です。また、マダニに咬まれた場合は、無理に引き剥がそうとすると危険だと指摘する専門家も多くいます。無理やり取ろうとすると、マダニの頭や歯が体内に残って、感染症にかかるリスクが高まるというのです。マダニに咬まれたら、すぐに病院で治療を受けるのが最良の選択です。

※国立感染症研究所「感染症発生動向調査で届出られたSFTS症例の概要」より

感染症の対策は?

これらのことからも、蚊などの虫が媒介する感染症がいかに広がりやすいかがわかるでしょう。
蚊などによる感染症を防ぐには、日本国内はもちろん、海外旅行の際には長袖や長ズボンを着用することをお勧めします。肌の露出を最小限にすることは蚊対策の基本で、足を覆う靴も加えれば、マダニ対策としても有効です。外出の際の虫除けスプレー、室内での殺虫剤の使用、蚊帳の活用なども考えましょう。
自宅周辺では、蚊の繁殖場所になりそうな水たまりをなくすことも重要です。ヒトスジシマカは卵で冬を越すのですが、秋に産み付けられた卵が春の雨で水がたまると孵化し、ボウフラが繁殖してしまいます。例えば、放置された古タイヤの小さな水たまりでも、蚊は発生します。植木鉢の受け皿や雨どい、置きっぱなしの空き瓶などでも同じことが起こります。「水たまりは蚊による感染症の温床」です。

肥満メタボリックシンドロームは生活習慣病の原因になる以外に、感染症のリスクも増加させるという研究結果が数多く報告されています。
肥満によって免疫機能を調節する生理活性物質のバランスが崩れることで、免疫機能が本来の働きを果たさなくなることが原因だと考えられています。そのため、肥満の人はインフルエンザにかかりやすくなったり、がんの手術後に肺炎になるケースが多数報告されています。メタボの場合は、脂肪細胞内で炎症を起こす場合が多く、その炎症によって感染症が重症化することも考えられるといわれています。
もちろん肥満やメタボだけでなく、栄養不良や栄養障害も、感染症のリスクを上昇させてしまいます。免疫機能は体調の良しあしに大きくかかわっています。食事、運動、睡眠のバランスのとれた生活で、免疫力を落とさないようにすることが、感染症対策の基本です。

海外旅行時には、例えば現地の水が合わないなどで体調を崩すことがあります。そういった場合には、免疫力や体力が落ちてしまうことが考えられますので、感染症に注意しましょう。また、潜伏期間が長い感染症もあるため、旅行中に異常がなくても帰国後に発熱することが考えられます。帰国後の体調に異常がないかどうかを把握するために、体温計を活用するのも一つの方法です。
感染症の拡大を防ぐためには、情報の確認と日頃の体調管理が重要なのです。

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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