vol.35 腹八分目で健康寿命を延ばす

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ヘルシーライフ

「腹八分目」を科学する

腹八分に医者要らず…日本では昔から、そういわれてきました。英語にも「Light suppers make long life.(軽めの夕食は長寿の源)」という、同様の言葉があります。
腹八分目の食事が、なぜ健康にいいのか…その科学的な検証が、1980年代から世界各国で盛んに行われてきました。ラットなどの小動物を対象に、食事の量を一定に制限したグループと、好きなだけ食べさせたグループとの平均寿命を比較する研究です。
例えば、日本で行われた研究のひとつでは、食べ放題にしたマウスの平均寿命が74週であったのに対し、食事の量を80%に制限したマウスは122週と、1.6倍以上に延びたことが報告されています(※1)。
その後、さまざまな研究から、腹八分目…つまり一定のカロリー制限によって、細胞の老化を遅らせることができるということが確認されました。その結果、細胞の機能不全によって引き起こされるがんや動脈硬化による血管障害(高血圧や脳卒中、心筋梗塞など)、さらに糖尿病など多くの生活習慣病の予防に、腹八分目の効用が指摘されるようになったのです。
実際に、より人間に近いサルを対象としたアメリカの試験では、30%のカロリー制限(腹七分目)によって、体脂肪、血圧、血糖値、中性脂肪値などが改善されたことが報告されています。

(※1)東海大学医学部の橋本一男教授、田爪正気講師らによる研究で、1990年に発表されました。この研究では、カロリー制限によって免疫力が高まることも指摘されています。

vol.35 腹八分目で健康寿命を延ばす

人間にも同様の効果が

では腹八分目の効用は、人間にも当てはまるのでしょうか。これについてはひとつ、興味深い報告があります。
1991年からアメリカで、バイオスフェア2というドームの中で、8人の研究者たちが自給自足の生活を営むサバイバル実験が進められました。本来は、人類が地球以外の星に移住したとき、ドームという人工環境の中で生活することを前提とした、宇宙開発関連の実験でした。
この実験は、本来の目的については失敗に終わったと評価されていますが、その一方で思わぬ副産物があったのです。
ドーム内では食料の収穫量が少なかったため、研究者たちは予定された食事量の平均25%減での生活を続けました。1日の摂取エネルギー量は、約 1800kcalでした。その結果、8人全員の体重が減ったばかりか、血糖値、コレステロール値、血圧など生活習慣病に関連する数値が、ほとんどすべてにわたり減少したのです。
このようにサルによる試験やバイオスフェア2における報告などから、腹八分目(カロリー制限)は平均寿命を延ばすだけでなく、健康寿命(病気にならない健康な期間)も延ばす可能性があることが注目されました(※2)。

(※2)バイオスフェア2のプロジェクトに参加したカリフォルニア大学のロイ・ウォルフォード名誉教授は、その後、カロリー制限と健康との関連に注目し、カロリー制限をしても栄養失調にならない食事メニューの提唱などを行っています。

腹八分目と遺伝子との関係

カロリー制限と健康との関係は、その後、遺伝子レベルでの解明へと進展しています。
現在までに、寿命や老化をコントロールするさまざまな遺伝子やその関連物質が発見されていますが、それらには摂取カロリーと関係するものが少なくありません。
例えば、ある種の遺伝子からつくられるサーテュインという酵素の一種は、細胞の老化を防ぐ働きをします。一定のカロリー制限をすると、サーテュインが活性化され、細胞の死滅を防ぐ機能が強化されることがわかっています(※3)。
また、私たちがもっている遺伝子には、若いころには病気の発生を抑える機能をしていたものが、ある年齢になると機能停止になってしまうものがいくつもあります。そうすると、異常な細胞の増殖を抑えることができなくなり、がんが発生したり、アルツハイマー病のリスクが高くなったりもします。
こうした遺伝子も、一定のカロリー制限によって、機能が持続する期間が長くなるものと推定されています。つまり、それだけ加齢に伴う病気の発症を遅らせることができるわけです。

(※3)カロリー制限によってサーテュインの老化防止機能が活性化されることに注目し、現在、薬(カロリー制限模倣物質)によってサーテュインを活性化させる研究も進められています。

カロリー制限の目安は

では実際に、どの程度のカロリー制限をすると、効果があるのでしょうか。多くの研究報告では、20~30%程度減らすのが適しているとされています。つまり、腹八分目から腹七分目です。それ以上減らすと、栄養面でのバランスをくずしやすく、かえって病気になる可能性が出てきます。
現在、日本人(成人)が食事からとっている総エネルギー摂取量は、平均すると1日当たり2000kcal前後です。そこで仮に腹八分目(20%減)とすると、1600kcal前後が目安ということになります(※4)。
しかし、1日1600kcalといっても、一般の人にはわかりにくいでしょう。むしろ、2000-1600=400で、1日に400kcal程度を減らすと考えたほうが簡単です。軽く盛ったご飯1杯が約200kcalなので、その2杯分程度のカロリー制限に相当します。ただし実際には、ご飯などの炭水化物(糖質)の量を減らすよりも、脂肪分(脂質)を減らすほうが効果的です。
というのも脂質は、炭水化物やタンパク質と比べ、1g当たりのカロリーが2倍以上になります。同じ量(グラム)を減らすなら、脂質を減らすほうがカロリー低減の効果が高いのです。
それだけでなく現代の日本人は、脂質のとりすぎ傾向がみられます。総エネルギー摂取量に占める脂質の比率は、20~25%が適正とされています(※5)。ところが20~40歳代では、上限の25%を超えています。
そのため脂質の摂取量をいかに抑えるかが、カロリー制限の大きなポイントになるわけです。とくに動物性脂肪のとりすぎは、肥満や高脂血症、がんなど、さまざまな生活習慣病の原因のひとつとして指摘されているだけに、カロリー制限をするときに重視したい点です。

(※4)日本人の平均的な1日の総エネルギー摂取量(約2000kcal)は、欧米人と比較すると、決して多いほうではありません。そのため腹七分目(30%減)だと1400kcalと、糖尿病食のレベルに近くなり、一般の人には少なすぎます。そこでここでは、腹八分目として計算しました。ただしこれは、デスクワークや家事程度の軽い労働をする人を基準にしています。

(※5)平成12年に閣議で策定された『食生活指針』によります。

脂質を上手に減らすには

カロリー制限の目安とした「400kcal削減」を、脂質を中心にして実際の食事で考えてみましょう。
例えばカツ丼を食べると、1000kcal程度になります。仮にカツ丼を、親子丼(700kcal前後)に代えると、それだけで300kcalの削減になります。
中華なら、かた焼きそばと餃子だと1200kcalにもなりますが、レバニラ炒めとライスなら半分の600kcal程度です。スパゲティでも、卵やベーコンの入ったカルボナーラ(約850kcal)を、あさり入りのボンゴレや明太子スパゲティ(約550kcal)にすると、300kcal程度減らすことができます。
ファストフードでも、テリヤキバーガー、フライドポテト(M)、コーラ(M)をとると、合計で1000kcal前後。これをハンバーガー、コールスローサラダ、ウーロン茶にすると、合計でも400kcal程度なので、600kcalもの削減になります。
こんなふうにメニューで工夫するだけで、400kcalの削減はそう難しくないことがわかるはずです。一般に脂身の多い肉が多かったり、揚げ物が入ると、カロリーが多くなることを知っておきましょう。

○ポイント1…高カロリーの肉類や揚げ物類の多いメニューを続けて食べない

次に、同じ肉類を食べる場合でも、種類や調理法によって、カロリーに大きな違いが生じることを知っておきましょう。
例えば、ロースカツ(550kcal前後)とヒレカツ(350kcal前後)では、200kcalもの差があります。家庭でロースカツを揚げる場合は、揚げる前にロースの縁に付いている脂肪分を切り落とすだけで、カロリーを半分程度にすることができます。
また、ハンバーグのようにミンチ状にした肉も、脂肪が練り込まれているので、カロリーが高め(500~600kcal前後)になります。ソーセージなども同様です。
鶏肉の場合は、皮の部分に脂身が多いので、皮を残すだけでも大幅にカロリーを下げることができます。とくに低カロリーなのは、ささみの部分です。

○ポイント2…肉類を食べる場合は、脂身の少ないものや脂身を減らす調理法を選ぶ

腹八分目のコツ

腹八分目というのは、実際に挑戦してみると、なかなか難しいものです。とくに早食いのクセのある人、お腹いっぱいにならないと満足できない人は、つい食べすぎてしまう傾向があります。
そこで次のことを、まず試してみましょう。
1.ひと口ごとに、必ずはしを置く
自分では気付いていないでしょうが、早食いの人のほとんどは、食事が終わるまではしを持ったままの状態です。はしを持ち続けていると、次から次へと食べ物を口へ運ぶことになります。食事の量を減らす前に、まずひと口ごとに必ずはしを置くクセをつけましょう。食事のペースがゆっくりになると、満腹中枢が刺激されるので、食べすぎを防ぐことにつながります。
2.野菜でボリュームをつける
お腹いっぱいにならないと満足できない人は、肉類や揚げ物でなく、野菜でお腹をふくらませる工夫をしてみませんか。野菜は、ボリュームのわりにカロリーが低いので、自然にカロリー制限することができます。
厚生労働省などが推進する「健康日本21」では、1日当たりの野菜摂取量の目標を350gとしていますが、すべての世代でそれを下回っています。とくに腹八分目によるカロリー制限をする場合には、栄養バランスをくずさないように野菜を多くとる必要があります。
野菜の中には、カボチャやイモ類、大豆など、腹持ちのするものもたくさんあります。こうした野菜やキノコ類を積極的にメニューに取り入れると、カロリーを低く抑えることができます(※6)。

(※6)野菜の中では、カボチャやイモ類はカロリーが高いほうですが、それでも100g当たり80~90kcal程度で、煮物などにしても肉類よりはかなり低めです。そのわりにボリュームがあるので、カロリー制限するときの副菜には向いています。ただし、ジャガイモはバターやマヨネーズで味付けすると、カロリーがかなり高くなります。また、サツマイモはカロリーが多めなので、食べすぎないようにしましょう。

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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