vol.132 大人に増加中!「社交不安障害」の最新事情

健康・医療トピックス

学校や職場などで春から新生活を始めた人もそろそろ慣れて一息といった頃ですが、毎年、5月~6月は、ちょっとしたストレスから心身の不調をきたしやすい時期でもあります。心のメンテナンスは、大丈夫でしょうか。
人前に出ると緊張してドキドキする。初対面の人に会ったり、大勢の人の前で話をしたりするときには誰でも経験することですが、それが強い不安や恐怖となり、動悸がして息苦しくなったり、苦痛を感じて気分が悪くなったり、逃げてしまいたい…と感じるようであれば、「社交不安障害(Social Anxiety Disorder)以下SAD」という病気かもしれません。

vol.132 大人に増加中!「社交不安障害」の最新事情

こんな症状があったら「SAD」の疑いあり

SADは、人が集まる場所や対人関係のさまざまな場面で起こります。たとえば、下記の中から思い当たることはないでしょうか。

□ 結婚式の受付など、人前で字を書こうとすると手がふるえる
□ 人前に出るとすぐに顔が真っ赤になったり、大量の汗をかいたりする
□ オフィスなどで電話をするときに、不安になったり、怖くなったりする
□ 大勢の人の前でのスピーチや、会議で発言することができない
□ 会食やパーティは、行きたくない

参考資料:「社会不安障害のすべてがわかる本」監修 貝谷久宣 講談社

人の視線がどうも苦手。そんな思いの背後には、失敗して恥をかいたら大変という不安や恐怖があります。SADはそれが非常に強くなって、冷や汗やふるえ、動悸、腹痛など体にさまざまな症状が表れることが大きな特徴です。

30~40代で突然、発症することもある

これまで、SADは子どもの頃から人の前に出るのが苦手という気質の人が、思春期になって発症する病気と考えられてきました。しかし、その後の研究から、大人になってから突然発症する、新たなタイプが存在することがわかってきました。日本不安障害学会の久保木富房理事長は、「現代の社会では、それまでなにも症状がなかった人が30代や40代になって会社でプレゼンテーションをするときなどに突然、発症することがあります。逃げると一時的には楽になりますが、逃げ続けているとSADはどんどんひどくなります。身動きがとれなくなって、前に進めなくなってしまうのです」と話します。
SADの原因は、その人の性格や心が弱いからではありません。人前でなにかをするのが嫌い、苦手という思いは、健康な人、社交的といわれている人、誰にでもあります。しかし、その程度は非常に幅があります。できないからつらくなり、逃げて回避するようになるとますますひどくなって苦痛になる。大人になってからの発症には、このような回避行動のメカニズムがあるといわれています。
また、最近の研究によるとSADの患者が人前で話をして不安や恐怖を感じるときは、大脳の中心部にある扁桃体と海馬の活動が高まることがわかってきました。SADの発症はこれらの部位と関わりがあり、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れることで中枢神経系がうまく機能しなくなった状態だと考えられています。
治療法としては、薬物療法と認知行動療法があります。薬は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や抗不安薬が用いられます。不安や恐怖を抑えて、体の症状を改善する効果があります。SADの治療は、これらの薬と認知行動療法の併用が最も効果があるといわれています。認知行動療法にはいろいろな技法がありますが、苦手な場面を想定して、乗り越える方法についてトレーニングを受けます。いままでできないことでも、やればできるということを専門家のサポートを受けながら少しずつ体験します。

発症しやすい思春期には、周囲がサポートしよう

SADは、15歳前後の思春期に発症しやすい病気です。しかし、本人も病気と気づかず、ずっと我慢して自分が悪いと責めている潜在的な患者が多いといわれています。さらに、周囲の大人がこの病気を知らないことも、思春期に見逃されやすく、早期発見が遅れている要因と指摘されています。思春期は、子どもから大人へ変わる大きな転換期。不安で揺れ動く子どもたちを健全に導くには、親や教師、社会のサポートが必要であり、疾患の知識や考え方などを含めた学校教育が非常に大事、と久保木理事長は話しています。

不安や恐怖は誰でもある。つらいときは早めに受診を

最近では、SADはうつ病やアルコール依存症、薬物依存症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、自殺といった他の精神疾患の発症と関連があり、それらの先駆症状(先に表れる症状)となっている可能性があると注目され始めています。「SADは、適切なサポートを受ければ悪くはならず、よい方に向かいます。逆にいうと、早めに治しておけば、さまざまな精神疾患にもつながらないといえます。早期発見・早期治療で克服しておくことは本人にとって、また社会にとっても大事なことです」(久保木理事長)。
日本では、心につらい症状があっても、医師に助けを求めない人が多いといわれています。不安や恐怖は誰にでもあるもので、恥ずかしいことではありません。ただ、感じ方に幅があるのです。日常生活が困難になるような強い不安や恐怖を感じるときには、決して一人で悩まず、早めに心療内科や精神科の専門医に相談して、サポートを受けましょう。

監修
日本不安障害学会理事長 久保木 富房 先生
東京大学名誉教授
医療法人秀峰会 心療内科病院楽山 名誉院長

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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