vol.135 スポーツ中の脳振盪の危険性と予防対策

健康・医療トピックス

体を動かして汗をかくのは気持ちがいいもの。初夏から秋は、スポーツに親しむ人たちがぐっと増えますが、競技大会や合宿などが多い季節は、スポーツによる頭部外傷が増える時期でもあります。スポーツを安全に楽しむためにも脳への配慮が大切です。2013年12月、日本脳神経外科学会ならびに日本脳神経外傷学会は、「スポーツによる脳損傷を予防するための提言」を公表しました。約30年間に柔道で死亡した中高生は100人以上。その7割以上が、急性硬膜下血腫など命にかかわる頭部外傷が原因とわかったためです。これまでスポーツ中の脳へのダメージは、注目されてきませんでした。今回の提言では、頭部外傷で最も頻度が高い「脳振盪(のうしんとう)」の危険性を重視し、理解と注意を呼びかけています。

vol.135 スポーツ中の脳振盪の危険性と予防対策

どんな競技でも起こる「脳振盪」

脳振盪は、外部から加わった衝撃によって頭蓋骨の中で脳が揺さぶられて起きます。頭をぶつけていなくても、どのような競技でも起こりますが、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボール、柔道などで多く見られ、転倒や転落、タックルを受けたとき、投げられたときなどに起こりやすいといわれています。

日本では、脳振盪で倒れても意識が戻れば大丈夫、たいしたことはないと思われがちです。しかし、これは誤った認識です。脳振盪は危険、というのがいまの世界標準だと話すのは、東邦大学医療センター大橋病院 脳神経外科でスポーツ頭部外傷外来を担当している中山晴雄講師。「4年に一度開催される『国際スポーツ脳振盪会議』では、以前から脳振盪は危険といわれてきました。しかし、日本では脳振盪を起こした当日に競技に復帰してはいけないことは、ほとんど知られていません」と日本の現状を話します。

スポーツにおける脳振盪の問題点は、大きく2つあります。1つは、致死的な脳損傷である急性硬膜下血腫を引き起こす可能性があること。もう1つは、脳振盪を繰り返すことによる脳機能障害です。「実際に複数回、脳振盪を繰り返すだけで、記憶障害など脳の認知機能の問題は、3~5倍に跳ね上がります。また、頭部への継続的な衝撃を受けていた脳の病理解剖をしてみると、アルツハイマー病と類似した状態であったこともわかってきました。そのため、海外では繰り返す脳振盪が新たな注目点になってきています」(中山講師)。

「頭痛」の症状があるときは、要注意

スポーツ中の脳振盪の9割は、気を失うほどの意識障害はないといわれています。症状は、頭痛、ふらつき、集中できない、過剰な興奮などさまざまで、「セカンドインパクト症候群」(SIS)という病態も注目されています。これは脳振盪を起こした後、症状がとれない間に次の衝撃が加わり、急速に脳が腫れて命にかかわる状態です。「1回目の脳振盪で軽微な脳出血を起こし、2回目の衝撃を受けて致命的な脳出血を起こした確率が高いです。脳出血を起こした選手を思い返すと、発症前に頭痛を訴えています。頭痛の症状があるときはスポーツを中止して、きちんと診察を受けることが大切です」(中山講師)。

また、スポーツに限らず軽微な頭部外傷を受けた際には、CTやMRIの画像検査では異常が見当たらなくても、3~4週間経過した後に認知症状、頭痛、片麻痺などの症状が現れることがあります。直後だけでなく、時間が経過した後の症状にも注意しましょう。

脳振盪を起こしたときの適切な対処法

スポーツ中に脳振盪を起こしたときは、競技や練習はすぐに中止します。そのまま続けると繰り返し脳振盪を起こし、命にかかわることがあるからです。そのことを理解し、まずは、体と脳の機能をしっかり休めます。症状がなくなったら有酸素運動から始めて、大丈夫なようであれば無酸素運動、そして競技の運動…というように、医師の指導に基づいてプログラムを組み、段階を踏んで再開するようにします。休養中の注意点について中山講師は、スマートフォンや携帯電話、モバイルのテレビゲーム、パソコンの使用は避けるべきと話します。「目から刺激が多く入るものは、脳が休まりません。海外のデータでは、脳振盪の後にスマートフォンなどを使用した選手とそうでない選手を比べた結果、使用した選手の方が症状の回復が遅いことがわかっています」。

また、学生の場合は映像や音声を使う授業や、外国語の授業は脳への刺激が多いため、頭痛などの病状を悪化させることがあるといいます。脳振盪を起こすと脳の機能は低下しますが、頭の中は外から見えません。脳振盪を起こした学生に対して、学校側は授業や試験などについても理解や配慮が必要なのではないか、と中山講師は指摘しています。

監修 東邦大学医療センター 大橋病院 脳神経外科 講師 中山晴雄先生

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