夏季旅行で気をつけたい「旅行者血栓症」

不整脈・心房細動 病名・疾患解説

広がりつつある旅行者血栓症

海外へ、あるいは帰省で、長時間の旅行が多くなる季節です。それにともなって増えるのが、「旅行者血栓症」です。
この病気はかつて、エコノミークラス症候群ともいわれました。長時間のフライト(飛行)のあと、急に胸が苦しくなり、呼吸困難におちいり、ときには死に至る病気のことです。
その後エコノミークラスにかぎらず、ビジネスクラスやファーストクラスの乗客でも起こっていることがわかりました。そればかりか、新幹線の車中や長距離ドライブ時などにも同じ症状がみられることから、現在では旅行者血栓症と呼ばれています(*1)。
一般的には高齢者に多いとされていますが、40~50代の中年層にもみられ、ときには10~20代の若者に起こることもあります。また、糖尿病をはじめとした生活習慣病も、リスクとなることがわかってきました。
しかも旅行時だけでなく、旅行後数日して同じ症状を起こすこともあります。それだけに旅行者血栓症は、フライト時のエコノミークラスという狭い範囲を超えて、長時間の旅行時とその前後には、だれもが気をつける必要があります。

(*1)正式の病名は深部静脈血栓症(DVT)、あるいは肺血栓塞栓症(PTE)といいます。深部静脈とは、足の内部静脈のことです。この部分にできた血栓が移動し、肺動脈を詰まらせることから起こります。

vol.14 夏季旅行で気をつけたい「旅行者血栓症」

こんな人はとくに気をつけたい

旅行者血栓症の原因は、「長時間座ったままの姿勢を続けること」と「乾燥による脱水症状」にあります。
座った姿勢を続けていると、太ももの付け根や膝裏が圧迫されて血流が悪くなり、足の静脈に血栓(血のかたまり)ができやすくなります。目的地に着いて席を立ったとき、その血栓が血液の流れに乗って肺へ移動し、肺動脈をふさいで呼吸困難を起こすのです。
また、エアコンのきいた乾燥した環境に長時間いると、軽い脱水状態におちいり、血液の粘度が増します。このことも血栓をできやすくする原因となります。ちなみに飛行機の機内は10~20%という低湿度(高乾燥)のため、きわめて脱水症状を起こしやすい環境だといえます。
これらのことから、旅行者血栓症のポイントは「血栓ができるかどうか」にあることがわかります。それだけにもともと血栓のできやすい人は注意が必要です。
一般的には、過去に旅行者血栓症になったことがある人のほか、心血管系の病歴のある人や足の骨折手術を受けた人などは、リスクが高いとされています(*2)。また、スポーツなどで足にケガの多い人も要注意です。日頃から足の血管が傷んでいると、血栓ができやすいからです(*3)。

(*2)日本宇宙航空環境医学会(エコノミークラス症候群に関する検討委員会)では、そのほか「6週間以内に大手術を受けた人、悪性腫瘍のある人、足に静脈瘤のある人、6週間以内に急性心筋梗塞を発症した人、妊娠中もしくは出産直後の人、経口避妊薬(ピル)を含むホルモン療法を受けている人など」はリスクが高いとしています。

(*3)サッカーの日本代表・高原直泰選手が海外遠征時に、旅行者血栓症になったことはよく知られています。サッカーにかぎらず激しいスポーツで足にケガの多い人は、年齢に関係なく注意が必要です。

生活習慣病と旅行者血栓症

また、リスクのひとつとして注目されるのが、糖尿病をはじめとした生活習慣病です。
2001年にイギリス糖尿病学会が、「糖尿病の人は旅行者血栓症になりやすい」ことを指摘しました。糖尿病で血糖値が十分にコントロールされていないと、血管の内壁が傷み、血流が悪くなります。すると血液粘度が増し、ふだんから血栓ができやすい状態になっているからです。
同様のことが、ほかの生活習慣病についてもいえます。そのため日本宇宙航空環境医学会では、糖尿病のほかに「40歳以上、肥満、高脂血症」についてもリスクとしてあげています。

旅行時の予防ポイント

旅行者血栓症の予防には、旅行中に注意すべきことがあります。

<旅行中の注意>

(1)足を動かす
1~2時間に一度は席を立ち、歩いたり、軽い屈伸運動をして足の血流を改善しましょう。飛行機の場合は歩き回ることができませんが、トイレへ行くなどして少しでも足を動かす工夫が大切です。
また座っているときにも、「ときどき足の指先を動かす、足のつま先とかかとを交互に上げ下げする、ふくらはぎをマッサージする」といった方法で、血液の流れを助けてあげましょう。

(2)こまめに水分補給する
脱水症状を起こさないためには、定期的に水分補給することが大切です。水でもかまいませんが、スポーツドリンクなどのイオン飲料は体内の水分を保持するのに効果があります。レモンには血流を改善する働きがあるので、レモン果汁の入った飲み物をとるのもいいでしょう。
アルコールや紅茶のような利尿作用のある飲み物は、尿が多く出てかえって脱水状態になることがあります。飲みすぎないように気をつけてください。

(3)服装は楽なものを
長時間座ることを考えて、服装はできるだけ楽なものを選びましょう。とくに下着類はきついものをさけ、ベルトはゆるめておきます。

(4)こんな症状には気をつけて
旅行者血栓症の前兆として、足のむくみと痛み(ふくらはぎや膝裏付近が多い)を起こす人が少なくありません。また、息苦しさや胸の痛みがある場合は、軽度の旅行者血栓症を起こしている可能性もあります。
旅行時にこうした症状がみられたら、急に席を立たず、客室乗務員や周りの人に告げ、適切な処置をとってもらうようにしましょう。

旅行の前後に気をつけたいこと

(1)糖尿病などの人は医師に相談を
糖尿病や高脂血症など生活習慣病のある人、術後まもない人、妊娠中の人など、血栓ができやすいと思われる人は、旅行の前に医師に相談しておきましょう。

(2)体調を整えておく
旅行の前には睡眠を十分にとり、体調を整えておくことも大切です。睡眠不足のまま乗り物に乗ると、ぐっすり寝込んでしまうことがあります。結果として水分をとらずに長時間にわたって窮屈な姿勢を続けることになります。

(3)予防グッズを準備しておく
足がむくみやすい人や血栓ができやすいと思われる人は、弾性ストッキング(フライトソックス)など、旅行時のフットケア用品を準備しておくことも大切です(*4)。

(4)旅行後数日は注意する
長時間の旅行後、数日~1週間して肺血栓塞栓症を起こすことがあります。旅行時にできた血栓がなんらかの理由でゆっくり移動し、肺動脈を詰まらせるためと考えられています。
旅行後しばらくして急に息苦しいなどの症状が出て受診するときは、医師に旅行のことを告げてください。

(*4)弾性ストッキングはもともと医療用に開発されたもので、手術時の血栓症予防などに使用されています。はくと足の深部静脈が適度に圧迫されて血流が速くなり、血栓をできにくくします。旅行用品売り場やドラッグストアなどでも販売されています。

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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