vol.141 介護予防の新キーワード「フレイル」

健康・医療トピックス

年齢とともに足腰の筋力が衰えて、立って歩くのも一苦労…。いままで“老化現象”といわれてきたこのような症状が、「フレイル」という名称で呼ばれ始めています。これは日本老年医学会が考案したもので、2014年5月に予防の必要性を指摘した提言が公表されました。
認知機能が衰える、腰が曲がって身長が低くなるなど高齢者に多い症状は、加齢が原因とされてきました。しかし、認知症や骨粗鬆症の治療や研究が進んだことで、老化現象のとらえ方に変化が起きています。科学的研究を進めることで、介護予防や高齢化対策に乗り出そうとしているのです。

vol.141 介護予防の新キーワード「フレイル」

介護予防の意味も込められた「フレイル」

フレイルとは、英語で老衰や虚弱を意味する「Frailty (フレイルティー)」をもとにつくられました。フレイルの提言作成に関わった虎の門病院の大内尉義院長は、「“老衰”や“虚弱”には、元に戻らない印象がありますが、フレイルにはなりかけても元に戻るという“予防”の意味があります。また、フレイルには身体的な虚弱だけでなく、認知機能の低下やうつといった精神心理的なフレイル、貧困や独居など社会的なフレイルの3つの要素も含まれます」と名称に込めた意味を解説します。
超高齢化時代をむかえ、3つのフレイルの中で当面の最も大きな問題となるのが、身体的なフレイルです。寝たきりの原因は、脳卒中などの脳血管疾患が最も多いですが、フレイルも原因であることが明らかになってきたからです。大内院長は「寝たきりの原因について65歳以上を5歳刻みで調べていくと、後期高齢者 (75歳以上) では、『高齢による衰弱』が最多。次に『認知症』、『骨折・転倒』が増えます。これからは後期高齢者が多くなって、フレイルになる人が増えるため、予防と治療が大切です」と指摘します。

フレイルの診断基準とは

フレイルの診断基準には、5つの項目があります。
(1) 体重減少 (1年で体重が4.5kg以上、自然に減少)、(2) 疲労感、(3) 筋力の低下、(4) 歩行スピードが遅い、(5) 身体活動が低い。このうち3つ以上の項目があてはまると、フレイルと診断されます。

診断では、とくに筋肉が重要とされています。筋肉が減ることをサルコペニアといいます。その診断については、これまでヨーロッパの基準がありましたが、アジア人には適さないため、日本や台湾、韓国、中国、香港の老年学者が集まって、今回新たにサルコペニアの基準がつくられました。「サルコペニアの診断では、まず歩行のスピードを測ります。正常値は1秒間に80cm、1分で48mです。次に、握力を測ります。男性は26kg、女性は18kg以上が正常。この両方が正常であれば、サルコペニアではありません。どちらかが低下している場合は筋肉量を測定し、筋肉量が低下していればサルコペニアと診断されます」(大内院長)。

なぜ、筋肉が減るのか? 科学的な研究も進行中

サルコペニアには、2つのタイプがあります。加齢による「一次性」と、栄養障害や身体を動かさない、運動不足による廃用性が「二次性」です。
年をとるとなぜ筋肉が減少するのか、そのメカニズムについても研究によって、かなりわかってきています。一次性のサルコペニアの原因の一つとして、いま最も注目されているのが「炎症」です。「老化は慢性の炎症だという考え方があります。急性の炎症といえば発熱ですが、そうではなくてもっと静かな炎症が老化を進める。炎症によって出てくるさまざまな生理活性物質が、一次性のサルコペニアにも関与しているのではないかといわれています」(大内院長)。老化の炎症説が非常に注目されています。

「栄養」と「運動」でフレイルを防ごう

大内院長によるとサルコペニアと診断される人は、80代前半で女性35%、男性40%、80代後半では女性50%、男性70%にのぼります。実際の高齢者は、一次性と二次性が混在し、筋肉が減少している人が多いとみられています。加齢とともに増える寝たきりや介護のリスクを、どう防ぐかが今後の課題ですが、筋力を低下させないためには、栄養と運動が重要であることが研究からわかっています。

栄養面では、良質なたんぱく質を適切な量を摂ること。運動は、散歩や室内でのスクワット、軽いダンベル運動などでも効果があります。「80歳を超えたら、食べたい物を食べていただいた方が健康長寿につながります。食事制限は中年期の考え方です。また、最近では、ビタミンDが少ない人はフレイルになりやすいという研究データも出ています。糖尿病高血圧、腎臓病などで食事制限がある場合は、医師の指導のもと栄養不足にならないように気をつけてください。また、膝が痛くて運動ができない人は、できる範囲の運動を心がけましょう」と大内院長はアドバイスします。
筋肉の健康は、脳や骨と比べると注目されてきませんでしたが、「筋肉と骨が丈夫で、頭がしっかりしていれば、健康長寿を達成することができます」と大内院長。2014年に公表されたフレイルの診断基準は、老年医学の専門家が中心になってまとめたものです。日本老年医学会が認定している老年病の専門医は、全国に約1600名います。高齢になって筋力の衰えや疲れやすさを感じたら、年のせい、老化現象と諦める前に、老年科や老年病の専門医の診察を受けてみることも予防対策の一つでしょう。

監修 虎の門病院院長 大内 尉義先生
一般社団法人 日本老年医学会理事長

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