vol.147 難病「結節性硬化症」の最新治療
医療が進歩する一方で、難病に悩む人も増えています。現在、指定難病の対象は306疾患。新たな法律が施行されて、2015年7月から医療費助成が始まっています。その指定難病の中に「結節性硬化症(けっせつせいこうかしょう)」という病気があることをご存じでしょうか。脳、腎臓、肺、心臓などに良性の腫瘍ができて、しかも難治性てんかん、知的障害、自閉症を合併する難病ですが、最近、この病気の治療や発症メカニズムの研究が進んでいます。

赤ちゃんから大人まで発症する結節性硬化症
日本における結節性硬化症の患者は、約1万5千人と推定されています。このうち3分の2は、子どものときに診断されます。小児の脳の病気の専門家で、東京都医学総合研究所の脳発達・神経再生研究分野の林 雅晴分野長は、「赤ちゃんでは生後4~6カ月頃、けいれんから病気がわかる場合が多いです。また、木の葉状の白斑がきっかけで見つかることや、心臓の良性腫瘍を合併し、超音波検査で胎児のときに見つかることもあります」と説明します。
結節性硬化症は、Tsc1とTsc2という遺伝子が正常に機能しないことが原因といわれています。家族性で発症する人は30%。一方、60~70%の人では、これらの遺伝子の突然変異によって起こります。また、子どもだけでなく、大人になって診断される場合もあります。「お子さんが結節性硬化症とわかった場合、両親のどちらかに可能性があるので必ず検査します。大人に多い症状は腎臓に複数のこぶができる腎血管筋脂肪腫(じんけっかんきんしぼうしゅ)で、まったく気づかずたまたま受けた腹部のCT検査で見つかるという場合もあります」(林分野長)
効果のある治療薬が登場しつつある
治療は近年進んでおり、腎臓の腫瘍や脳腫瘍では、2012年にエベロリムス(商品名アフィニトール)の使用が承認されています。また、難治性てんかんによるけいれんには、ビガバトリンという薬が有効とわかっています。「エベロリムスを早めに使うことで脳腫瘍や腎臓の腫瘍を小さくすることができます。また、ビガバトリンは半数の人に効きます。日本ではようやく臨床試験が終わり、1~2年のうちに実際に使えるようになると思います」(林分野長)
発症のメカニズムも明らかになってきた
結節性硬化症は、知的障害や自閉症を合併しやすいことが特徴で、2015年4月にその発症のメカニズムの一端が初めて明らかになりました。研究を行ったのは、東京都医学総合研究所のシナプス可塑性プロジェクトの山形要人プロジェクトリーダーらです。
脳の神経細胞には、「シナプス」と呼ばれる神経細胞のつなぎ目があります。ここで神経伝達物質を受け取り、超高速のバトンリレーのように情報が脳内に伝えられます。正常と結節性硬化症では、シナプスを構成する「棘」に違いが見られると、山形プロジェクトリーダーは説明します。「正常な神経細胞の樹状突起には、バラの枝のように棘が出ていて、シナプスは通常ここにできます。棘の表面には伝達物質を受け取る受容体があり、それを通って流入したカルシウムが棘の中で高濃度になることが、記憶に必須とされてきました。ところが、結節性硬化症では棘がありませんので、カルシウム濃度が上がらず、記憶できないと考えられます」。
さらに、結節性硬化症で棘の形成を邪魔するたんぱく質とそのしくみも明らかになりました。「このたんぱく質の働きを抑えると、シナプスは正常に戻ることもわかったので、新しい治療薬を探索中です」(山形プロジェクトリーダー)
知的障害の原因はさまざまですが、シナプスに棘ができないケースが多く見られるということです。脳の神経細胞の研究から謎が解明されれば、知的な病気の治療が大きく前進することでしょう。
気になるときは、ホームページで調べてみよう
結節性硬化症の症状は多様で、成人になってから、爪の周囲や肺に良性の腫瘍ができたりすることもあります。その一方で腫瘍とけいれん、知的障害などがどのように関係するのかは、よくわかっていません。
林分野長は、「エベロリムスによって知的障害やてんかんもよくなるという報告もあります。ただし、もともとは抗がん剤であり、感染症や口内炎などの副作用、さらにはまれに重い間質性肺炎が起こることもあるので、いつまで使い続けるべきかはっきりしていません。2013年に日本結節性硬化症学会が設立されて、ホームページには患者さん向けの情報も紹介されています。気になることがある場合は、ご覧になるとよいと思います」とアドバイスします。
監修
公益財団法人 東京都医学総合研究所
脳発達・神経再生研究分野 分野長 林 雅晴 先生
シナプス可塑性プロジェクト プロジェクトリーダー 山形 要人 先生
※このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。