vol.164 時間栄養学のキホン

はじめよう!
ヘルシーライフ

同じ食事を食べても、食べる時刻や速度、どんな順番で食べるかによって栄養学的効果が変わってきます。そこで注目されているのが、何をどれだけ、いつ、どのように食べるのがいいのかを考える「時間栄養学」です。それはダイエットにも結びつき、生活習慣病の予防が期待されているといいます。そこで今回は、時間栄養学とはどのような考え方なのかについてお伝えします。

vol.164 時間栄養学のキホン

朝食抜きはダイエットに逆効果ってホント?

朝食を抜くとダイエットには逆効果だということを、ご存じの方も増えていると思います。朝食・昼食を両方とった場合と比べて、朝食をとらずに昼食をとると昼食後の血糖値の上昇幅が大きく、上昇した状態が長く続いてしまうことが理由の一つです※1。食後高血糖が糖尿病動脈硬化などのリスクを高めることは、ヘルシーライフ vol.163の「セカンドミール効果」でお伝えしたとおりですが、朝食をとらずに昼食をとることで、太ってしまうリスクも高くなってしまうということなのです。また、朝食をとらないことで心身活動が減少して肥満に結びつくということや、糖新生反応による筋肉たんぱく質の分解と体力低下が関係している※2など、いくつかの理由が原因だと考えられています。

朝食が重要なのは、それだけではありません。それは、体内時計との関係です。
私たちの体には、体内時計が備えられています。体内時計のなかでも、1日のリズムを刻む時計があり、その「中枢時計」は、左右の視神経が交差するところに一対備わっている「視交叉上核」と呼ばれる部位にあります。中枢時計のほかに、「末梢時計」もあり、こちらは肝臓や心臓、血管など全身に備えられています。そしてこれらの時計がリズムを刻むのですが、問題なのは、体内時計が地球の自転の周期である24時間(正確には約23時間56分4秒)と異なっているところです。
以前から「人間の体内時計は25時間、あるいは24.5時間」といわれてきたことは有名です。しかし近年の研究では、アメリカ・ハーバード大学の研究によると24時間11分、国立精神・神経医療センター三島和夫部長らの研究では24時間10分とされており、二つの研究結果はほぼ一致しています。
「なんだ、24時間との差はたった10分程度か」と思う人もいるでしょう。しかし、1週間放っておくと、1時間以上も差ができてしまいます。体内時計を1日ごとにリセットし、1日24時間のリズムに戻してあげなければ、刻まれる時間はどんどんズレていってしまうわけです。

体内時計のうち、中枢時計をリセットするには朝、光を浴びることが必要だといわれています。起きてから太陽の日差しを浴びることで中枢時計がリセットされ、新しい1日が始まるのです。これに対して、末梢時計をリセットするには朝食が有効だとされています。しかもGI値の高い、つまり糖質を多く含む食品が、末梢時計をリセットするのに有効だということが、マウスの研究で明らかにされているといいます。
このように、朝、どんな食事をどのようにとるのがいいのかを考えることが、時間栄養学の第一歩なのです。

※1 秦艶萍、横山久美代、成瀬克子、徳久幸子「朝食欠食が昼食後の血糖値変動に及ぼす影響」女子栄養大学紀要 34, 33-39, 2003 より

※2 編者:香川靖雄 著者:香川靖雄、柴田重信、小田裕昭、加藤秀夫、堀江修一、榛葉繁紀 「時間栄養学――時計遺伝子と食事のリズム」女子栄養大学出版部 より

朝食は学力や体力にも影響する

マウスの実験でGI値の高い食品のほうが高い効果を得られたといっても、これはあくまで体内時計をリセットすることを優先して研究した結果です。食後高血糖などを考えた場合、GI値の高い食品ばかりを食べるのは、いいことばかりではありません。女子栄養大学の香川靖雄副学長も、マウスの実験では炭水化物だけ、あるいはタンパク質だけを摂取させても末梢時計を正確には調整できず、最も正確にリセットできたのは、栄養バランスのとれたエサの場合だったといいます。あくまで、朝食はバランスを重視すべきです。

バランスのとれた朝食がいいという一端を示すデータがあります。朝食が学力に影響を与えているのではないかというものです。
それは、ある学力調査の結果です。中学生5教科500点満点のテストを行ったところ、平均279.1点と最も点数が高かったのが、ごはん・パンに加えておかずなど2品以上(合計3品以上)の朝食をとった中学生。一方、ごはん・パン+おかずなど1品(合計2品)を食べた中学生は267.6点、ごはん・パンのみ1品を食べた中学生は248.1点、何も食べていない中学生の平均は216.5点という結果でした。
この傾向は小学生でも表れています。小学5年生を対象にした同じ学力調査4教科400点満点で、朝食に3品以上を食べた小学生は262.8点、2品を食べた小学生は252.5点、1品は230.0点。これに対して、何も食べなかった小学生は216.7点と、中学生と同様、小学生でも品数豊富な朝食をとったほうが、いい結果となっているのです※3。ここ数年の調査では朝食と学力の関係が示されていないため、比較ができないのは残念ですが。
この結果を「品数の多い朝食をとると学力向上につながる」と分析する専門家がいる一方、「単に食事だけでなく、総合的な家庭環境が学力に影響を与えた可能性もある」と考える専門家もいます。いずれにせよ「品数の多い朝食が毎日用意されるような家庭環境は、学力向上につながるのではないか」と考えられるのではないでしょうか。

朝食(品数には触れられていません)が、体力・運動能力とどのような関係を示すかを表したデータもあります。
年代別に、朝食を「毎日食べる」「ときどき食べない」「毎日食べない」の3つのグループに分け、握力や反復横跳び、20mシャトルラン、立ち幅跳びなど7項目のテストを行ったものです。その結果、6~44歳の男女ほとんどで、「毎日食べない」グループより「毎日食べる」グループのほうが高い合計点を示しました。理由ははっきりとはわかりませんが、例外で8歳男子、10歳女子だけが「毎日食べない」グループの方が高い点数となっています。
「ときどき食べない」グループに関しては、「毎日食べる」グループを上回った年齢層もいくつかありますが、全体的にはやはり、朝食を毎日とっているグループが高い運動能力を示しています。特に14~16歳では「毎日食べる」グループと「ときどき食べない」「毎日食べない」グループとの点差が大きくなっていました※4。子どものころからの朝食摂取が重要であることを示しているのではないかと考えられます。

※3 熊本県学力調査 2005年12月 より

※4 文部科学省 体力・運動能力調査 平成27年度 より

病気と投薬、食事との関係

早朝に花粉症やインフルエンザが悪化しやすい、午前中に心筋梗塞や脳梗塞が発症しやすいといったように、病気には発症しやすい時間帯があります。脳梗塞が発症しやすい午前8時は、最も発症しにくい午前0時と比較すると10倍以上もリスクが高くなっています。このため、投薬時間を工夫するなどの努力を、医療関係者は行っています。
また高血圧に関しては、早朝に血圧が高い人(「早朝高血圧」、夜間に血圧が低下しにくい人などさまざまです。夜間に血圧が低下しにくい人には、夜間によく効く薬を処方するのが合理的です。コレステロールの合成も夜間に活発になるため、脂質異常症の人への投薬は夜を主体にしたほうがいい※2など、効果的な対処法が考えられます。これも体内時計の研究によってわかってきたことですが、こういった考え方を「時間薬理学」といいます。

この考え方と共通で、食事をどんな時刻にどのように食べるのがいいかといった点をベースに、病気を予防することができないだろうかと期待されているのが時間栄養学です。
例えば、ビタミンB12を吸収しやすいのは午後の早い時間帯です。そのタイミングに合わせて、ビタミンB12が豊富なシジミやあさりといった貝類、牛・豚・鶏のレバーなどを食べれば、効果的にビタミンB12を体内に取り入れることができると考えられます。
高血圧の大きな原因は、塩分の過剰摂取といわれています。そのため減塩が推奨されているのですが、連日毎食続けていると、薄味に飽きて減塩を続けられないという人も多いといいます。そのため、夕食なら少しだけ減塩をサボっても、体への影響は朝食や昼食より少ないという専門家もいます。これは、塩分が体内に再吸収されるときに働くホルモン・アルドステロンの分泌のタイミングが関わっているからだとされています※5。

カルシウムが体内に蓄積されるのは夕方以降です。そのため、夕食でカルシウムを豊富に含む食品を食べることは、骨粗鬆症の予防につながる可能性があります。
以前、夜眠れないときにホットミルクを勧めるという意見がありました。これに関しては、牛乳に含まれているトリプトファンが睡眠ホルモン・メラトニンになるには時間がかかるため「眠れないからと、就寝直前にホットミルクを飲んでもほとんど効果はない」と、今では否定されています。しかし、カルシウムの蓄積という観点からみると、夕方以降にホットミルクを飲むことはお勧めです。「牛乳をたくさん飲むとカルシウムの摂取につながり、骨粗鬆症の予防に有効である」との研究結果が、世界中の多くの研究者や医師により報告されています※6。それを時間栄養学的に考えれば、よりカルシウムが蓄積されやすい夕方以降の時間帯にとることが効果的だという結論になるのです。

※5 花王健康科学研究会 Kaoヘルスケアレポート「心身の健康に役立つ食べ方を広めたい」広島大学人間文化学部健康科学科教授 加藤秀夫 などより

※6 骨粗鬆症財団「骨粗鬆症について――どうすれば予防できるの?」より

健康には細胞分裂寿命の時計「テロメア」も関係している

では、体内時計が1日24時間の周期とズレてしまうと、どうなるのでしょうか。
朝、太陽の日差しを浴びることで中枢時計がリセットされ、朝食によって末梢時計がリセットされるのですから、どちらか片方だけが調整されてそれぞれがずれてしまうことも考えられます。この両方が調整されることが健康維持に重要だとされています。また、体内時計のズレが長期間続くと、高血圧、高血糖が誘発されて、活性酸素も増加し、循環器疾患や糖尿病のリスクが高まるとされているのです※7。

これには、細胞分裂寿命の時計であるテロメアも関係していると考えられます。中枢時計や末梢時計が振り子型時計といわれるのに対して、テロメアは砂時計にたとえられる体内時計です。テロメアは染色体の両端を覆うDNAの反復配列で、細胞分裂のたびに短縮して、個体や臓器の寿命を定めるとされています。したがって、テロメア長が短くなった臓器や細胞が障害を起こしてしまい、健康寿命を短くしてしまうと考えられています。これに対して中枢時計と末梢時計は、昼夜のサイクルを予測して心身の活動リズムを最適に保ち、生活習慣病を予防するということなのです※8。

睡眠時間は寿命に影響します。そして中枢時計や末梢時計が刻む毎日のリズムが、テロメアの維持に関わっているとされています。睡眠時間は肥満やホルモンの分泌、生活習慣病やテロメアに大きな影響を与えます。110万人の睡眠に関する追跡調査では、1日7時間睡眠が最適で、それ以上でも以下でも、死亡率が明らかに高くなっているという研究結果もあります※9。睡眠の質が悪化すると、テロメア長も短くなってしまうといわれています。
テロメア長を保つのは食物繊維やビタミンEとされています。肥満やストレス、活性酸素、葉酸の不足などによってテロメア長は短縮してしまうほか、脂肪やリノール酸によっても損傷されるといわれています。

時間栄養学は、生活習慣病の予防などに役立てるべく、さまざまな研究が行われています。今後も、食事をどんな時間にどのようにとったらより健康に役立つか、新しい研究結果が期待されています。それと同時に、振り子型時計(中枢時計と末梢時計)と砂時計型時計(テロメア)の関係が時間栄養学のカギを握っていることを、ぜひ覚えておきましょう。

※7 香川靖雄「時間栄養学」 内分泌・糖尿病・代謝内科, 41(1) : 70-77, 2015 より

※8 香川靖雄「健康寿命を延ばす時間栄養学」 保健の科学 第58巻 第10号 2016年 より

※9 Kripke DF, et al. : Arch Gen Psychiatry. 59(2):131-136.2002 より

このコラムは、掲載日現在の内容となります。掲載時のものから情報が異なることがありますので、あらかじめご了承ください。

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