vol.167 本態性振戦の最新治療
本態性振戦は、特定の動作や姿勢をしたときにふるえが起きる病気です。手がふるえて字が書けない、グラスを持った手がふるえる、箸が持てない、首が小刻みにふるえる、声がふるえる……。これらは本態性振戦でよく見られる症状。人の目には些細なことに見えても、本人にとっては、深い悩みになっていることがあります。
ふるえは心の問題とよく言われますが、本態性振戦の原因は脳の中にあります。手足の動作は神経と関わっています。その信号を調節している脳の視床の一部に変調が起きて、ふるえが生じると考えられています。高齢化に伴って、本態性振戦を発症する人は増えています。ふるえによってしたいことができなくなり、支障を感じていることが多く治る治療への期待が高まるなか、2016年12月に「経頭蓋集束超音波装置」が医療機器として厚生労働省に承認され、現在、最新治療の臨床研究が進んでいます。
根治のための高度な手術技術が失われつつある
この最新治療は、超音波を治療に活用するもので、MRI(磁気共鳴画像装置)と経頭蓋集束超音波装置を連動させて行います。治療では、患者がヘルメット型の専用装置をかぶってMRIのベッドに横たわり、頭部をMRIの装置の中に固定します。そして、頭の外側から超音波を集中的に照射して、ふるえの発信元を焼き切るという仕組みです。
脳神経外科医で、研究を進めてきた東京女子医科大学の平孝臣臨床教授は、「経頭蓋集束超音波装置」に着目したきっかけをこう話します。「本態性振戦は、ふるえの元になっている脳の部位に針を刺し、手術で焼くと1回で治ります。しかし、10年ほど前から電気で刺激する脳深部刺激法の手術が主流になり、焼いて治す定位脳手術の技術を持った外科医が少なくなりました。一方、治療を受ける側の患者さんのほうでは、主流の脳深部刺激法をあまり受けたがりません。そこで、頭の外側から超音波を当ててみたらと思ったわけです」。
本態性振戦の治療
本態性振戦の治療には、薬物療法、ボツリヌス毒素療法、手術療法などがあります。ふるえによって日常生活に支障がある場合は、薬物療法が主に行われます。本態性振戦に対しては、アロチノロールというβ遮断薬のみが保険適用になっています。ボツリヌス毒素療法は治療法の一つですが、日本では振戦には保険適用になっておらず、国際的にも主となる治療ではありません。手術療法は、これらの治療でよくならない人や、根治を希望する場合などに検討します。
手術療法の特徴と現状
手術療法の中で、現在主流となっている脳深部刺激法は、ふるえの発信元を電気刺激で調整するものです。脳には電極を、体にはペースメーカーのような機器を埋め込みます。治療には健康保険が適用されますが、電池が切れるとふるえが戻り、数年ごとに手術が必要になります。そのため、高齢者に限らず、若い人でも、手術の負担や体に機械を入れることへの抵抗感が少なくないということです。一方、1回の手術で治る可能性が高い定位脳手術は、患者にとっては有益な治療ですが、成功させるには医師に高い技術が求められ、リスクも伴うことから脳神経外科医でもできる人は限られています。
まだ課題が残る最新治療
このような現状から期待が大きい最新治療ですが、課題は多く、まだ研究の段階と平臨床教授は話します。一部の医療機関では、自費で治療が行われています。しかし、日本人の場合は、骨の硬さが超音波に適さない人がいることや、治療を受けるには、毛髪を剃って頭皮をすべすべにしなくてはなりません。さらに、治療には非常に多くのマンパワーがいる、と強調します。「この装置を車に例えるならレーシングカーのようなもの。運転するには、医師だけでなく、それぞれの装置に精通した専門の技術者が必要です。最新治療は、よいことばかりが取り上げられますが、舞台裏の支えがあって治療できることをみなさんに知ってほしいです」。
ふるえが気になったら、まずは神経内科へ
本態性振戦は加齢とともに増加し、60代では10人に1人、または20人に1人といわれています。また、発症者の約半数は、遺伝性によると考えられます。ふるえは、本人が困っていなければ、治療の必要はないのですが、支障があるときは検討した方がよいでしょう。「ふるえは、本人が何に困っているかが問題です。職業や生活に支障がある、気持ちが暗くなって外出したくない、人にも会いたくない…。治療は、このような人たちが対象になります」(平臨床教授)。
また、ふるえは本態性振戦以外の病気や、使用している薬の副作用が原因ということがあります。気になるときは、まずは神経内科で診察を受けましょう。手術を希望するときは、ふるえの診療に詳しい脳神経外科医を紹介してもらうことをお勧めします。
ふるえについては、脳神経外科医のすべてが詳しいわけではありません。医療機関は、日本定位・機能神経外科学会のホームページに公開されている認定施設も参考になります。安全とより高度な技術が求められる定位脳手術を希望する場合は、さらに加えて年間の手術数などを調べてから受診することが大切です。
監修 東京女子医科大学 脳神経外科 臨床教授 平 孝臣先生
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