vol.152 健康長寿に「アディポネクチン」が注目されているワケ
ヘルシーライフ
今研究者の間で、「生活習慣病の予防や改善に役立つのでは」「新たな治療法として応用できるのでは」と期待され、研究が進められている物質があります。それが、脂肪細胞から分泌される「アディポネクチン」というホルモンです。メディアでは、「やせホルモン」「長寿ホルモン」などと取り上げられることもあるこのホルモン、いったいどんな働きがあるのでしょうか。
アディポネクチンってなに?
ホルモンというと、内臓などから分泌されるものと考えている人が多いと思いますが、実は脂肪細胞からも分泌されます。脂肪細胞からはホルモンだけでなく多くの生理活性物質が分泌されていますが、そのなかで善玉アディポカイン(生理活性物質)として注目されているのが「アディポネクチン」です。
肥満、糖尿病、高血圧、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病の人では、血中のアディポネクチン値が低下することがわかっています。そして、アディポネクチンの低下は生活習慣病を悪化させ、動脈硬化を促進して循環器疾患の発症リスクを高めるとされています1)。そのため、血中のアディポネクチン濃度を高めることができれば、生活習慣病や循環器疾患の予防・治療につながるのではないかと考えられ、今注目が集まっているのです。
〈アディポネクチンの多彩な作用2)3)〉
○脂肪を燃焼させる働き
アディポネクチンは、脂肪分解酵素を活性化する働きがあり、糖や脂肪の消費をサポートしてくれます。運動を行わなくても、アディポネクチンが分泌されていれば脂肪を燃焼しやすく、太りにくいカラダになることが可能というわけです。○動脈硬化を予防し、改善する働き
血管は加齢によって弾力が失われるだけでなく、喫煙・コレステロール・高血圧・肥満・運動不足などの危険因子によって損傷していきます。そうすると血管壁にコレステロールがプラークとして付着しやすくなり、血管を詰まりやすくしてしまいます4)。そして、動脈硬化が進んで血管が狭くなったり詰まったりすると、狭心症や心筋梗塞、脳卒中などの心臓や血管の病気を発症する原因になります。アディポネクチンには血管内の傷を修復するだけでなく、血管を拡張する働きがあります。そのためアディポネクチンがちゃんと分泌されていれば、動脈硬化を予防することが可能となり、脳心血管疾患のリスクの低減につながります。○インスリンの効果を高める働き
膵臓から分泌されるインスリンは、私たちの体の中で唯一、血糖値を下げてくれる働きを持っています。しかしアディポネクチンの値が低いとインスリンの働きが悪くなってしまい、血糖値が上昇してしまう危険性があります。つまりアディポネクチンには、2型糖尿病の予防に対しても大きな期待がかけられているのです。これらのほかにも、アディポネクチンには、抗炎症作用や臓器保護作用、がん細胞の増殖抑制作用など数多くの作用があると報告されています2)5)。
世界で増え続ける肥満―高まるアディポネクチンへの期待―
世界保健機関(WHO)の報告によると、世界の肥満は1975年と比べるとほぼ3倍に増加しています6)。また、国際糖尿病連合の発表によると、2020年現在の世界の糖尿病有病者数は5億3,700万人、糖尿病の有病率は10.5%で、成人の10人に1人が糖尿病だとされています7)。このように、肥満や糖尿病患者の増加は世界で大きな社会問題となっているため、肥満や肥満に関連する疾患(糖尿病など)の予防・治療法の確立が重要で、急務とされているところなのです。 ちなみに日本では、肥満者の割合は、欧米諸国と比較して少なかったものの、若い女性を除く各年代層で肥満者の割合が年々増加しています。厚生労働省の「国民健康・栄養調査(令和元年)」によると、肥満の割合(体格指数(BMI)25 kg/m2以上)は男性で33.0%、女性で22.3%に上ります8)。
どうすればアディポネクチンを増やせるのか
血中のアディポネクチン濃度が低下すると、生活習慣病を悪化させ循環器疾患の発症リスクも高まるとなると、アディポネクチンを増やしたいと考える人も多いのではないでしょうか。
アディポネクチンを増やすには、毎日の食事が重要です。食事の組成とアディポネクチンとの関係についてまだ明確な答えは出ていませんが、研究報告9)10)によると、ビタミンE、ビタミンC、βカロテンの摂取や、オメガ3系脂肪酸(青背魚に多く含まれる)の摂取が有効だとされています。また、減量で血中のアディポネクチン濃度が増えることがわかっていますので、食事を低カロリーのものにして体重を減らす、運動やエクササイズを積極的に取り入れるというのもアディポネクチンを増やすことにつながるとされています9)。
〈アディポネクチンを増やすと逆効果な人も〉
高血圧の人では、血中のアディポネクチン濃度が高いとむしろ血管疾患や腎機能悪化の発生リスクを高めるとの研究報告があります1)。病気の状態によってはアディポネクチンを増やすことが必ずしも有益ではない場合がありますので注意しましょう。
アディポネクチンは健康寿命を延ばす鍵となるか
体内でアディポネクチンが正常に分泌されていれば、2型糖尿病、生活習慣病、肥満関連疾患などさまざまな疾患を防げる可能性があり、さらには、寿命の延長や健康長寿の実現につながる可能性もあります3)。現在、アディポネクチンについては多くの研究者の間でさまざまな角度からの研究が進められているところですので、今後の研究の進展とアディポネクチンの作用を活用した新たな治療法の開発に期待したいところですね。
<参考資料>
- Mitsuyama, et al. Sci Rep. 2019 Nov 12;9(1):16589.
- Straub L G, et el. Nat Metab. 2019 Mar; 1(3): 334–339.
- 岩部美紀ほか. 日本臨牀.2022 80(4): 687-91.
- 厚生労働省「e-ヘルスネット」生活習慣病予防>動脈硬化
(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionaries/metabolic) - 前田法一ほか. 医学のあゆみ. 2014 250(9): 723-29.
- WHO「Obesity and overweight」
(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/obesity-and-overweight) - IDF糖尿病アトラス」第10版
(https://diabetesatlas.org/) - 厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査」
(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf) - Yanai, et al. Int J Mol Sci. 2019 Mar; 20(5): 1190.
- Song X, et al. Eur J Nutr. 2016 Feb; 55(1): 237–246.
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