がんの治療から心臓を守る「腫瘍循環器」

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2人に1人はがんになる時代。がんは早期発見・治療が重要ですが、一方で、がんの治療が進歩し、予後がよくなり、治療後も長く生きられようになってきました。しかし、高齢化時代と重なり新たな課題が生まれています。心血管疾患の増加です。がんと循環器の両方を対象にした「腫瘍循環器」は、新しい診療領域。欧米ではすでに国際学会が開かれ、世界的に注目されています。日本でも関心が高く、2017年に『日本腫瘍循環器学会』が発足し、がんの治療中から患者さんの心臓を守って、循環器疾患を予防しようとがんと循環器の専門医が連携した診療が始まっています。

vol.184 がんの治療から心臓を守る「腫瘍循環器」

心臓に影響する抗がん剤の問題

腫瘍循環器の外来は、現在、2つの医療機関にあります。国内初の外来は、2011年に大阪国際がんセンターに、もう1つは東京大学医学部附属病院で、2018年から開設しています。がんと循環器について、早期から研究してきた東京大学大学院 循環器内科学の小室一成教授(日本腫瘍循環器学会 理事長)は、「抗がん剤の多くは、心臓の機能を傷害する副作用があります。日本人の死因のトップはがんですが、75歳以上になると循環器疾患で亡くなる人の方が多くなります。がんは克服したのに高齢になると心臓が問題になってくる。がんと循環器の専門医が一緒に診療する必要が出てきたのです」。

密接に関わっているがんと循環器

抗がん剤による心臓への副作用は、さまざまな治療薬で起きます。なかでも強い薬は、アドリアマイシンといわれています。多くのがんや肉腫に用いられ、難治性の場合では、規定量を超えて使われることがあります。このような場合は、高い確率で心不全を起こすことが分かっています。
また、がんの化学療法は、最近、外来に通院して行われるようになりましたが、治療中の死因はがんに次いで「肺血栓塞栓症」が2番目に多く、気をつけてほしいと小室教授は話します。「がんの患者さんは、血液の凝固に異常があるため、血栓ができやすく、それが肺に飛んで肺血栓塞栓症を起こすことがあります。ひどい場合は、命に関わるので早く見つけて治療することが大切です」(小室教授)。
肺血栓塞栓症は、エコノミークラス症候群とも呼ばれ、ご存じの方も多いでしょう。デクワークや移動のため、長時間座っていたり、災害などで避難中に車内で過ごしていたりする人に起きやすく、血液の流れにのって運ばれてきた血栓が、肺の動脈に急に詰まる病気です。抗がん剤の治療を受けている患者さんも注意が必要です。

新しい抗がん剤にも心臓の副作用がある

また、がんの化学療法は、効果のある抗がん剤が次々に登場しています。心臓への副作用は、これらの治療薬にもあります。たとえば、HER2陽性の乳がんに使われる分子標的薬のトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)や、新しいタイプのがん治療薬として話題になったニボルマブ(商品名オプジーボ)なども例外ではありません。頻度としてはとても少ないのですが、ニボルマブでは劇症型心筋症を起こすことが分かっています。

循環器疾患の予防と対策

では、がん治療による循環器疾患を防ぐには、どうしたらよいのか。知っておきたいセルフケアのポイントを解説しましょう。

1. 症状に注意する

心臓は機能が低下しても、なかなか症状が出ない臓器です。がんの化学療法を受けている人や治療後の人が「脚のむくみ」「息苦しい」「胸が苦しい」と感じたときは、循環器の病気による症状かもしれません。また、がんの放射線療法も心臓や血管を傷つけ、循環器疾患のリスクになります。自覚症状に注意しましょう。

2. 血圧を測定し、高血圧を予防

心筋梗塞や心不全などの循環器の病気は、生活習慣の改善で予防できます。これはがんの治療をした人も同じです。がん治療に加えて「コレステロールが高い」「高血圧」「たばこを吸う」「糖尿病」「肥満」があると発症のリスクが上がります。また、抗がん剤の治療中は血圧が上がりやすく、特に抗がん剤によって起こる高血圧は、心筋梗塞、心臓弁膜症、不整脈、心不全など、さまざまな循環器疾患のきっかけになります。日頃から家庭で血圧を測定し、高血圧を予防しましょう。

3. 検査を受けて心臓を守ろう

心臓の健康状態を知るには、定期的に検査を受けることが大切です。心臓の検査は、心電図、X線検査、血液検査などがあり、BNPを測定する血液検査が有効です。「BNPは心臓から分泌されるホルモンで、心臓の働きが分かるバイオマーカーです。心臓は働きが悪くなると大きくなり、血液中のBNPの濃度が上がります」(小室教授)。

心臓は休みなく働き、負担がかかってもがんばり続け、機能の低下に気づかないことがあります。がん治療による心臓への副作用は、がんがよくなった後も油断は禁物です。年齢と共に心臓の健康が気になったら、症状が出る前に循環器の専門医に相談しましょう。

監修 東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授 小室一成先生
取材・文 阿部 あつか

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